2016年09月10日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉗〜


1月3日朝、母はうっすら目を開けて私を迎えてくれましたが、会話はほぼ出来ません。
何か言いたいようですが声が出せません。

「手を握って」
元旦には、手を差し出すと弱々しく握り返してくれましたが、今日は握り返す力がありません。

「チャクラスプレッド」で母のプラーナに介入すると、安らかな寝息を立て始めました。

ただ心配しながら見ているだけでなく、臨終間際でもあっても、こうして手をかけてあげることが出来るのは本当に幸せな仕事だとつくづく思います。

こうした実践を積み重ねることにより、私は母の死後も、少なくともグリーフワークの@〜Hの段階、パニックや抑鬱を踏むことはありませんでした。

ターミナルケアにおけるプラーナ療法は患者さんだけでなく、術者である私の悲嘆や混乱、大切な人を失うという喪失感すら乗り越えることの出来る魂のスキルだと改めて感じました。
posted by かず at 08:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月03日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉖〜


血圧計での測定不可
経口摂取不可

1月3日朝、妹がLINEで送ってくれた母のバイタルを見て、最期の時が目前であることが理解出来ました。

取るものも取り敢えず車に乗り込みました。
コーヒーを買うため立ち寄ったコンビニに置いてあるバナナを見て、子供時代の記憶がよみがえりました。

当時は贅沢品だったバナナを食べる私たちの傍には、3人の子供を見ながら微笑んでいる母がいました。それが体に鞭打ち働いた母の収入から、自分が自由に出来るわずかなお金の使い道だったのです。

我が家ではご馳走の鉄板焼きが食卓に上る時、いつも焼き方に徹している母がいました。
「お母さんは食べないの?」と聞くと「あまりお腹がすいてないの。いいから食べなさい」
自分は食べなくても、子供や他人に食べさせるが母の常でした。

夕食の後志始末を終え、ようやく腰を下ろした母に聞いたことがあります。
「お母さんの夢はなに?」

「そうだね・・ゆ〜〜っくり寝たいだけ寝てみたい(笑)」
朝早くから夜遅くまで働きずめに働き続けた母の望みが、まもなくかなえられようとしています。
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2016年08月27日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉕〜


2016年1月2日
妹から報告のあった母のバイタルです。
血圧65/51
脈118
呼吸 15回
体温 36,8度

呼びかけても目覚めず、体をゆすると目を開くそうですが返答はなく、経口摂取は数回のみとのこと。

深い眠りで、苦痛は訴えないそうです。

1月3日
早朝、母のバイタルが送られてきました。
熱36,6度
呼吸12
脈120
血圧 血圧計での測定不可
経口摂取不可

どうやら最後の時が迫っているようです。

急いで名寄に向け車を走らせました。
正月休み最後の日でした。
posted by かず at 16:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月20日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉔〜


私が案じていたのは、母ではなく妹でした。
仕事を辞め母の介護にすべてを捧げてくれている妹が、看護師とはいえ、最愛の母親を失う喪失感に疲れ切った身体と心が耐えられるだろうかと。

大切な人を失った悲しみや、亡くなるまでのプロセスを悔やみ自分を責めることは、とてつもなく大きなエネルギーを消耗します。

消耗したエネルギーを回復させ、心身バランスが通常に戻るまで、数年もの時間を要する患者さんも珍しくありません。

特に、肉親を亡くした悲しみの多くは腎臓に現れることをプラーナは教えてくれます。
腎臓は感情的には、“不安”を司る臓器であると共に“恐れ”を司る臓器のように思われます。

親を失うことにより生じる生存の恐怖。さらに生みの親の死により生じる孤独への不安・・・つまりこの世に生をうけたことにより必然的に生じる、根源的な無意識領域での感情が危機を感じ、たくさんのエネルギーを消耗させてしまうのかもしれません。

それは腎臓の深部に蓄えられた潜在エネルギーを減少させるので、身体はパワーの低下したモーターのようになり、特殊な疲労感が抜けなくなります。顔にしわが増え、縁にはクマ。皮膚や毛髪につやがなくなります。どんなにエネルギーに満ちあふれていた人でも、目の輝きが失せてしまいます。エネルギーレベルの低下は、免疫系を含め全身の機能低下をもたらすのです。

人間の身体は骨組みを中心に構成されています。そしてその骨組みは先天的あるいは後天的な弱点を持っています。物理的外力やストレスなど自然に起きる摩耗がこの弱点に影響を及ぼすのですが、妹の骨格は腎臓に弱点があります。

名寄から旭川へ車を走らせながら、腎臓というエネルギー貯蔵庫の摩耗が、妹の心や身体や免疫を動かすエネルギーを枯渇させないことを祈りました。

母は目覚めた後、夕食の鍋を美味しそうに口にしたそうです。

声を出すエネルギーもない母の、どこからそんな力が湧いてきたのでしょう・・・
それは母を思う妹が心を込めて作った、プラーナ満載の鍋だったからかもしれません。

1月1日。これが今生で最後の食事となりました。
posted by かず at 16:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月08日

お盆休診のお知らせ


8月15日(月曜日)
8月16日(火曜日)

お盆休み とさせていただきます。

ご迷惑をおかけしますが、上記よろしくお願い致します。     
posted by かず at 21:13| Comment(0) | TrackBack(0) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月05日

臨時休診のお知らせ

8月6日土曜日)は、
都合により休 診させていただきます。

ご迷惑をおかけしますが、
何卒よろしくお願い致します。
posted by かず at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月30日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉓〜


母の治療を終え、名寄から旭川に車を走らせながら考えていました。
母の死後、家族の心と身体にどんな反応が現れるのだろうと。

長年の臨床経験から、内臓諸器官は特定の感情と深く結び付いていると感じます。
「腹が立つ」「胃が痛くなる」「胸やけがする」「鳥肌が立つ」・・といった形容があるように、主として否定的な感情は、内臓や皮膚などに反応が起きることが少なくありません。

あまりにも大きな怒りと悲しみから、膵臓を患い糖尿病になった患者さんがいます。
症例報告㉒でご紹介した“グリーフワークのプロセス”死に直面した時に起きる、第1段階の精神的ショック、第2段階の否認、第3段階のパニックなどがこれに属すると思われますが、どうやら膵臓はストレスに対するショックアブソーバーのような役割があるようです。

先日、母親の死をきっかけに、重度の肩関節痛に苦しむ患者さんがお見えになりました。まるで五十肩のように動きの制限された肩関節と、夜も眠れない疼痛に日常生活にも支障をきたし、強い消炎鎮痛剤も効果がないそうです。

こうした痛みは通常の筋骨格的アプローチでは治りません。当初は脊椎や頭蓋骨のゆがみ、筋膜の過度な緊張、交感神経優位の自覚症状などから、グリークワークプロセス第1段階と考えましたが、注意深く身体を観察すると、肝臓のところで私の手が止まりました。発汗が多く、毛髪も妙に油毛です。肝臓は神経系を通じ方と連絡しています。どうやら肝臓機能に問題が起きているようです。

「もしかすると、お母さんが亡くなったことで、ご自分を責めていませんか?」
一瞬驚いた表情を見せた彼女は、目に涙を溜めながら、癌で入院した母親が、病気ではなく、入院中の感染症で亡くなったことを話してくれました。痛みの原因は、母親を亡くした喪失感ではなく、入院を拒む母親を無理に入院させた自分を無意識に責めていることでした。

肝臓は脳とエネルギーをやり取りしているので、自己内部の葛藤に敏感に反応します。お母さんの死は寿命であり、寿命は人間の力の及ぶものでではないこと。百歩譲って彼女に罪があったとしても、数か月夜も寝られないくらい苦しんだことで、もう十分すぎるほど償ったのだと伝えました。

胆嚢を加圧し胆汁の排出を良くすると肩はすぐ挙上できるようになりました。自己否定でエネルギーを大量に消耗している肝臓への負担を減らすため、糖分や乳製品を控えることをアドバイスし、自分を許すことのできた彼女は、ほどなく肩の痛みから解放されました。

グリークワークプロセス第6段階の罪意識が肝臓に負担をかけ身体の痛みを引き起こしていた症例ですが、彼女に限らず、怒りや悲しみ、罪悪感といったネガティブな感情が内臓や骨格筋に負担をかけるケースは決して珍しいことではありません。
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2016年07月19日

休診のお知らせ

7月21日(木曜日)は、
上川神社御祭礼につき休 診させていただきます。

 尚、7月21日露店にお越しの方は
 ご自由に当院駐車場をご利用下さい。
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2016年07月16日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉒〜


「グリーフワーク(Griff Work)」という概念があります。
死別などで、大切な人を失い悲嘆に沈む心のプロセスと、やがてそれを乗り越え立ち直っていくプロセスを意味する言葉です。

「死への準備教育」を提唱したドイツの哲学博士アルフォンス・デーケンは、グリーフワークのプロセスを12の段階に分類しています。

1段階:精神的打撃
2段階:死という事実を否認する。
3段階:死に直面した恐怖によるパニック。
4段階:不当な苦しみを負わされたという感情から怒りを感じる。
5段階:周囲の人々や個人に対して、やり場のない敵意を示す
6段階:過去の行いを悔やみ自分を責める
7段階:故人がまだ生きているかのように思い込む
8段階:孤独感と抑鬱(健全な悲嘆のプロセスの一部分)
9段階:精神的混乱と空虚さ
10段階:自分の置かれた状況を受容しようとする
11段階:ユーモアと笑いの復活
12段階:悲嘆のプロセスを経て、より成熟した人格に成長する

「グリーフワークプロセス」の中にいると思われる患者さんは、心の葛藤だけでなく様々な身体的問題も併発していることが、臨床の場ではとてもよく分かります。それは倦怠感、動悸、睡眠障害、めまい、食欲不振、下痢、便秘といった不定愁訴だけでなく、腰痛や関節痛といった筋骨格系疾患、また内科系病態を訴えることも稀ではありません。
posted by かず at 18:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月09日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉑〜


正直なところ、自分の仕事にターミナルケアに向くテクニックは不要と思っていました。

しかしこうして義父の死に向き合い、自らの手でチャクラスプレッドを実践し一番驚いたのは、術者である私が、死を神聖なものとして受け入れ、死を前にしても、冷静で穏やかな気持ちになれたことです。

ヒーリングタッチは、創始者ジャネット・メンゲンの看護研究と、アリス・ベイリー、ロザリン・ブリエール、ブルー・ジョイ、バーバラ・ブレナンといった、ヒーラーやエネルギー・ヒーリングにおける先駆者たちとの実践に基づき誕生したそうです。

アメリカ人の内科医 ブルー・ジョイMDの著書 “A map for the transformational journey: An Introduction to the Potentials for Healing with Body Energies“(変容の旅の地図・・とでも訳せばいいのでしょうか)には、身体エネルギーによるヒーリングの潜在力が紹介されています。またヒーリングタッチ認定プログラムは、米国ホリスティック看護師協会(AHNA)の承認を受けています。

興味深いのは、こうした西洋医学の申し子ともいえるドクターとナースが、東洋の智慧に目を向け体系付け実践していることです。しかし西洋医学の範疇を超えた“死の過程を経験している人に神聖な癒しを提供する”という崇高な目的の前には、死生観の違いを越え、西洋も東洋もないのだと思います。

母親に残された、僅かなエネルギーをサポートし、肉体・感情・思考・霊性(スピリット)の健全性を整えなくてはいけない時がやってきたようです。

7つのチャクラを丁重に広げ、母親を包むエネルギー層をクリアにしました。

今にも消えそうなエネルギー層は、長生医学の基本のき“プラーナが無くなった者は生命も終わる”を実感させるに十分でした。しかし不思議なことに、私の心の中から施術前に感じていた悲観や混乱が、施術後は消えていたのです。

義父の時もそうであったように、深い呼吸で気持ち良さそうに寝息を立てる母を見届け、なぜか幸せな気持ちで旭川に帰ることが出来ました。
posted by かず at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする