2016年07月16日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉒〜


「グリーフワーク(Griff Work)」という概念があります。
死別などで、大切な人を失い悲嘆に沈む心のプロセスと、やがてそれを乗り越え立ち直っていくプロセスを意味する言葉です。

「死への準備教育」を提唱したドイツの哲学博士アルフォンス・デーケンは、グリーフワークのプロセスを12の段階に分類しています。

1段階:精神的打撃
2段階:死という事実を否認する。
3段階:死に直面した恐怖によるパニック。
4段階:不当な苦しみを負わされたという感情から怒りを感じる。
5段階:周囲の人々や個人に対して、やり場のない敵意を示す
6段階:過去の行いを悔やみ自分を責める
7段階:故人がまだ生きているかのように思い込む
8段階:孤独感と抑鬱(健全な悲嘆のプロセスの一部分)
9段階:精神的混乱と空虚さ
10段階:自分の置かれた状況を受容しようとする
11段階:ユーモアと笑いの復活
12段階:悲嘆のプロセスを経て、より成熟した人格に成長する

「グリーフワークプロセス」の中にいると思われる患者さんは、心の葛藤だけでなく様々な身体的問題も併発していることが、臨床の場ではとてもよく分かります。それは倦怠感、動悸、睡眠障害、めまい、食欲不振、下痢、便秘といった不定愁訴だけでなく、腰痛や関節痛といった筋骨格系疾患、また内科系病態を訴えることも稀ではありません。
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2016年07月09日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉑〜


正直なところ、自分の仕事にターミナルケアに向くテクニックは不要と思っていました。

しかしこうして義父の死に向き合い、自らの手でチャクラスプレッドを実践し一番驚いたのは、術者である私が、死を神聖なものとして受け入れ、死を前にしても、冷静で穏やかな気持ちになれたことです。

ヒーリングタッチは、創始者ジャネット・メンゲンの看護研究と、アリス・ベイリー、ロザリン・ブリエール、ブルー・ジョイ、バーバラ・ブレナンといった、ヒーラーやエネルギー・ヒーリングにおける先駆者たちとの実践に基づき誕生したそうです。

アメリカ人の内科医 ブルー・ジョイMDの著書 “A map for the transformational journey: An Introduction to the Potentials for Healing with Body Energies“(変容の旅の地図・・とでも訳せばいいのでしょうか)には、身体エネルギーによるヒーリングの潜在力が紹介されています。またヒーリングタッチ認定プログラムは、米国ホリスティック看護師協会(AHNA)の承認を受けています。

興味深いのは、こうした西洋医学の申し子ともいえるドクターとナースが、東洋の智慧に目を向け体系付け実践していることです。しかし西洋医学の範疇を超えた“死の過程を経験している人に神聖な癒しを提供する”という崇高な目的の前には、死生観の違いを越え、西洋も東洋もないのだと思います。

母親に残された、僅かなエネルギーをサポートし、肉体・感情・思考・霊性(スピリット)の健全性を整えなくてはいけない時がやってきたようです。

7つのチャクラを丁重に広げ、母親を包むエネルギー層をクリアにしました。

今にも消えそうなエネルギー層は、長生医学の基本のき“プラーナが無くなった者は生命も終わる”を実感させるに十分でした。しかし不思議なことに、私の心の中から施術前に感じていた悲観や混乱が、施術後は消えていたのです。

義父の時もそうであったように、深い呼吸で気持ち良さそうに寝息を立てる母を見届け、なぜか幸せな気持ちで旭川に帰ることが出来ました。
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2016年06月28日

休診のお知らせ

7月3日(月曜日)は、
長生医学会のため休 診させていただきいます。

ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い申し上げます。
尚、7月4日から平常通り診療させていただきます。
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2016年06月25日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告S〜


余命いくばくもない義父は、サラリーマンだった私をプロの臨床家に育ててくれた恩人です。

そんな師匠に、弟子として恩返し出来る最後のスキルが“チャクラスプレッド”と呼ばれるエネルギーワークでした。

チャクラスプレッドを行う際、患者さんの身体に触れてはいけないという原則があります。つまりエネルギーワークの施行中、義父の身体には一切触れない・・・にも関わらず、義父は、ある何かを感じ「ああ・・」「おお・・」と実に気持ち良さそうに喜びの声を発するのです。

第7チャクラから第1チャクラまで、7つのエネルギーセンターを丁重に広げていく中で“プラーナが義父の魂に届いている”そんな確信が次第に深まってきました。

医師から余命2日と告げられた父は、それから2週間呼吸を続けました。その間に、縁の深かった人たちと最後のお別れを交わし、9月28日、スーパームーンに誘われるかのように静かに呼吸を止めました。その顔は尊厳に満ち、生前見たことがないほど穏やかで凛とした表情でした。

ヒーリングタッチのテキストに、チャクラスプレッドの目的は、死の過程を含め、重要な人生の移行期を経験している人に神聖な癒しを提供することであり、身体的、精神的、情緒的、スピリチュアルなレベルでの痛みやストレスを軽減し、どのような変化も乗り越えられるように援助すると書かれています。

確かにチャクラスプレッドは、昏睡状態の義父に深い癒しと活力を提供したようです。そして何よりも、私自身が“プラーナとは魂のエネルギー”であることを実感した気がします。

もしかすると、これが師匠として出来の悪い弟子への、最後の教えだったのかもしれません。
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2016年06月18日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告R〜


ヒーリングタッチ・テクニックの中で“神聖”と位置付けられるエネルギーワーク「チャクラスプレッド」を、実習でなく実践で試みたのは、義父が死を迎えようとしている病院のベッドでした。

義父は9月12日の朝、突然血圧が低下し意識不明となりました。前日は夕食を完食するほど元気だったのですが、緊急搬送した病院のドクターから「老衰による心不全です。肺水腫を起こしているので、長くて2日でしょう」と宣告されました。

予想もしない事態に混乱したのは言うまでもありませんが、苦しみの伴う延命治療や投薬を止め、最後は穏やかに寿命を全うさせてあげたいという思いが家族間で一致しました。自然の摂理に従った最後を家族は望んでいることをドクターに伝え、点滴による栄養補給を断ち、病院の管理で最後の時を待つことにしました。

病室に戻り、生命エネルギーであるプラーナが尽きようとしている義父の顔を見ていた時「治療師として、まだ義父にしてあげられることがある」と気づきました。

それがチャクラスプレッドでした。

ベットに横たわる義父の足と手に心を込めてプラーナを送り、義父の身体の緊張が緩むのを感じてから、頭の上に移動しクラウンチャクラと呼ばれる第7チャクラをゆるやかに広げてみました。

するとどうでしょう・・昏睡状態の義父が、深い呼吸と共に「はあああ・・・」と感嘆の声を発したのです。

第7チャクラを3回オープンし、次いで額の第6チャクラを広げました。
「おお・・おお・・・・・」

義父は目を閉じていましたが、それはあたかも仏に出会ったかのように歓喜に満ちた声でした。
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2016年06月11日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告Q〜


20016年が明けました。
末期癌を告げられた4月には、正直なところ「お盆まで持たない」と思っていました。まさか新年を迎えられるとは、ドクターはじめ誰も予想していなかったと思います。

元旦に訪問した私たちを、母は笑顔で迎えてくれました。
「手を握って」手を差し出すと、私の手を弱々しく握り返してくれましたが、癌細胞にカリウムを奪われた身体はやせ細り、顔には明らかに死相が出ていました。

「チャクラスプレッドを試す時がやって来た」そう思いました。

チャクラスプレッド・・・直訳するとチャクラをひろげるという意味ですが、死の過程にある患者さんに神聖な癒しを提供するためのエネルギーワークです。

東洋哲学のチャクラという概念に、西洋の宇宙観を折衷させたものと思われますが、1980年代ヒーリングタッチの創設者ジャネット・メントゲンが看護士、理学士として活動するなかで、既存の医療と調和しながら、死に向き合う多くの患者さんの肉体と精神とスピリチュアルを補完・統合的に癒してあげたいという思いが、古代インドとユダヤの宗教性をダイナミックにシンクロさせたのではないでしょうか。

患者さんの身体的、精神的、スピリチュアルな健康をサポートするため、心をこめて行うエネルギー療法という点では、長生医学のプラーナ療法と同じ理念ですが、私たちのような民間の施術所では、生命の危機にある患者さんをケアする機会は極めて少なく、長生学園では、むしろそうした生命の危機がある病態を素早く見極め、適切な医療機関に送るよう教育されているので、ターミナルケアに向き合う機会は稀です。

したがってチャクラスプレッドも、内輪の研究会で参加者同士が相互に実習していたものの、治療室で実践する機会はありませんでした。

しかし実の母親が、死の最終プロセスを迎えようとしているのです。
迷いはありませんでした。
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2016年06月04日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告P〜


24時間介護も4か月を過ぎ、肉体的にも精神的にも疲れがピークだったであろう妹からのLINEメッセージを抜粋します

「今私にできることは可能かぎり母の傍にいてあげること。感謝の気持ちを伝えること。良い人生だったと、大切な存在であったと認識してもらうこと。残された日々を母の顔に穴が開くくらい見て過ごします。それが出来る私は幸せです」

ある日、母が妹に言ったそうです「私ほど幸せな人はいない」

死を目前にした人間が、また死を目前にした母親を目の前に、こんな言葉を言える人たちが世界中にどれほど存在するでしょう?

おそらく、“私ほどの不幸はない”と嘆く人の方が多いのではないでしょうか。

生きていれば、苦しいことも、悲しいこともたくさんあるのが世の必定。
その代表が、人生で逃れられない四つの苦悩といわれる“生老病死”。
また人間として味わう精神的な苦しみの代表が愛別離苦(あいべつりく)
つまり 愛する者と別れることだと言われます。

そんな苦しみが待っているのに、人間は何の為に生まれ生きているのでしょう?
答えは「幸福になるため」です。

母と妹は、“老病死”“愛別離苦”という人間の根源的な苦しみの真っただ中でも、“幸せ”と思うことが出来たのです。

これって・・すごいことだと思いません?

そんな家族の一員として生をうけることができた私は“幸せ”です♪

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2016年05月28日

母の死とプラーナ 〜末期癌の症例報告O〜


「たまに“死臭”がする」妹から報告がありました

経験豊富なベテラン看護師が、母から酪酸系の匂いを嗅ぎ取ったようです。
母の体内の微生物が、宿主の体を崩壊させている・・・
この報告は、母の死が避けられないものであり、余命が残り少ないことを意味するものでした。

目覚めて水分を補給する以外は寝てばかりの状態のようです。睡眠中呼吸の止まっていることもままあるのは、あきらかに身体の機能障害が進んでいる厳しい状態を表します。たまに見当識障害もみられるようです。

もしもの事態が起きても、栄養補給や延命治療等は行わず自然の摂理に任せるよう、妹と方針を再確認しました。

大晦日を迎えました。
名寄〜旭川間 片道80Kmの道のりを、孫の世話をするため20年間、車で往復し続けた母の愛すべき孫たちがやってきした。小学6年生の孫は、「おばあちゃんと一緒に暮らしたいから名寄に転校させてほしい」と本気で親に懇願したほど、根っからのおばあちゃん子です。

彼の存在は、母が自分は必要とされている存在であるという、人間にとって、生存本能より大切な“所属の本能”を満足させてくれました。「孤独」は人の心をむしばみます。わけもない不安感に常に悩まされます。人間にとって自分の居場所があり、自分の役割があることは、精神と魂の健康に不可欠な要素です。孫の存在は、母のケアにとても重要な役割を果たしてくれました。

母の傍で、母の話を傾聴し、共感、支持する嫁たち。職場でのエピソードや人生相談をする孫たち。他愛もない会話ですが、それは母の介護が、妹を中心とした家族全員が、自分の個性とスキルを最大限生かしたチーム医療であったことを意味するものです。

孫たちの手を握り、目に輝きを取り戻した母は、なんと自ら“鶏の素揚げ”と“年越しそば”を口にしたそうです。
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2016年05月21日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告N〜


“おとうさんを許します”

妹の報告では、母はその日から毎日、指折り数えながら100回その言葉を唱えたそうです。

正直、母が毎日“おとうさんを許します”と言えるとは思いませんでした。
しかし言葉は言霊です。一度それを言葉にするだけで、“否定”の方向ばかりに向けられていた心の舵を、ほんの少し“肯定”の方向に向けることが出来ます。

宇宙は統一性を持つと言われます。
こうした調和に必要なのは”肯定”なのかもしれません。もしそうなら”否定”は“宇宙の法則”に反する行動です。だから否定の言葉や行動の先には、“苦”が待っていると考えることはできないでしょうか。

臨床家の立場から見て、憎しみや怒りの感情は身体にとって何の役にも立ちません。むしろ自分の身体と心をひどく傷つけ、エネルギーを消耗してしまうだけです。
つまり他者のために許すのではなく、自分のために許すことが必要なのです。

イエス・キリストは「赦しなさい」と説いたそうです。
「赦す」という神の教えは、無益な争いを避ける平和主義、もしくは相手を気づかう博愛主義と長年思っていました。しかしそうではなく“許せない”という感情が、気づかぬうちに己を苛み、心の深層に生じたスピリチュアルペインを癒し、自分自身の魂を救うための精神療法であり、ひいては神という宇宙の法則に背かないための教えだったのかも・・・そんな解釈が脳裏を過りました。
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2016年05月14日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告M〜


“肯定の言葉を繰り返し発する”

臨床で、ネガティブな感情が身体や心の痛みを引き起こしている患者さんに使う、シンプルですが効果的な手法です。

トリックアートや手品を見ても分かるように、私たちの脳はけっこう騙されやすく出来ており、すぐに勘違いします。その特性を生かした方法が、肯定の言葉を毎日100回言うこと。

じゃ・・やってみようか。
いいかい・・・「おとうさんを許します」って言うんだ。

「なんでもいいから、おまじないだと思って言ってごらん」

許せない人を「許す」と言える人はめったにいません。「口が裂けても言いたくない」という方がほとんどです。

少し戸惑いの表情を見せた母ですが、ほどなく、か細い声で言いました

「・・・おとうさんを・・許します」

母は、自分をひどく傷つけた父を“許す”とはっきり言葉にしました。

「すごいね!お母さん♪」
「この調子で、おまじないだと思って毎日100回唱えてごらん」

「えっ100回も・・・・・分かったやってみる」

たとえ心で思っていなくても、言葉という形にして繰り返し発することにより、いつしか「許す」が潜在意識に入ります。そうすると交感神経のスイッチが切れるようになり、自然に無意識レベルの筋肉や軟部組織の緊張が緩むのです。

顎関節症で来院する患者さんの多くが、こうした緊張を抱えています。
眠っている状態でも、無意識に歯を食いしばっている方が少なくありません。ストレスとの戦うため無意識に全身の筋肉を緊張させているので、エネルギーを蓄えるどころか、むしろ消耗してしまいます。そして多くの方が“疲れが取れない”ことを訴えます。

闘争の状態からリラックスの状態へ無理やり切り替えてしまう。動物の生存本能である扁桃体の働きを、“意思”という高次能の舵でコントロールする・・・人間以外の動物には真似出来ない力技です。
posted by かず at 08:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 治療室天然物語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする