2017年04月01日

ありがとう・ありがとね @

1年以上にわたり、治療師としてターミナルケアにどう関わったかを治療師目線で書いた「母の死とプラーナ」を掲載しましたが、今月から、介護者目線の手記を連載します。

この手記は、癌の発病から最期の時まで、母に寄り添いつぶさに観察してくれた妹が、看護師として娘として、病気の経過や、病人と介護者の揺れ動く心、喜び、感謝の気持ちなどを、その時々手帳に書き残したリアルな記録です。脚色等は一切施しておりません。

タイトルの「ありがとう・ありがとね」は、母が妹に毎日かけていた言葉ですが、この言葉にはスピリチュアル・ケアの本質が息づいているように思います。

在宅で家族を介護する皆様のお役に立てば幸いです。


平成27年4月
4/6 谷内科クリニック定期受診。定期検査(採血と腹部エコー)
「なんとか?という値が高くて、膵臓が少し腫れてるから、市立病院で検査して下さいと言われて、すぐ予約してくれた。心臓も少し弱ってきているから、と心臓のエコー検査の予約も入ったの」と母から聞く。

肝臓癌?まず頭にうかんだ。やっぱり病魔が母を蝕んでいたのだ。
受診に付き添わなかったことを後悔。

昨年末からの母の様子をみていて、一人で受診させることに不安がよぎったが「大丈夫だよ、仕事休まないで」と一人で受診。
多分診察時、倦怠感があること、動くと胸がドキドキしてこわくなること、瘦せてきたことなどを訴えたのだろう。先生も母の様子から定期検査に加え、腫瘍マーカー採血が追加になったのではないかと推測する。

「時々スーッと吸い込まれるようなこわさがあって、このまま死ぬんじゃないかと思うことあるんだ」

今後は付き添うからね。お母さん、ごめんね。
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2017年03月25日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㊸〜


母の葬儀を終え間もなく、帯状疱疹(たいじょうほうしん)を患いました。

帯状疱疹は、子供の時に感染した水痘(みずぼうそう)のヘルペスウイルスが、神経の付け根に残り、疲労やストレスなどで免疫力が低下した時に活性化され発症する、とにかく痛い病気です。

当初は引っ掻き傷のようなチクチクする痛痒さでしたが、どこにも傷はありません。
「なんだろう・・?」
数日すると肋間神経沿いに赤い発疹が顔を覗かせました。
「やべ・・帯状疱疹だ」

これが患者さんなら、すぐに皮膚科を受診させ抗ウイルス剤を使ってもらうところですが、臨床家の私にとって帯状疱疹は一生に一度あるかないかの貴重な機会。帯状疱疹の痛みをプラーナでどこまでコントロールできるか自らの身体で実験してみようと思い立ちました。

ヘルペスウイルスは胸骨から脊椎まで広く増殖していましたが、自分の手が届く胸は自らの手で、手の届かない背中は家族にヒーリングを頼みました。
「紅斑に向け人差し指の先からレーザーを照射するイメージでプラーナをあててみて」
「そんなこと私に出来るかな・・」
半信半疑だった家族も、痛々しかった赤みが、翌日には薄ピンクになっているのを目の当たりにし「パパ!治療しようか」がぜんやる気が起きたようです。

50歳以上の帯状疱疹は、帯状疱疹後神経痛と言われる痛みが長期間残ると言われます。還暦を目の前にした私が、果たして薬を使わずに痛みから完全解放されるのか?跡を残さず治癒することが出来るのか?

2〜3日後、水疱が痂皮化しみるみるうちに治癒に向かっています。心配していた痛みもほとんど感じることなく、通常は1か月以上かかるであろう発疹が1週間で消えました。案じていた帯状疱疹後神経痛もありません。

帯状疱疹は痛みさえなければかすり傷のようなものです。町内会の新年会では痛みを恐れずしっかり飲むことが出来ました(笑)

仲間にも遠隔プラーナで応援していただき、プラーナのありがたさを、自らの身体で再認識出来たことに感謝します。

こうした免疫力の低下には、自分で自覚していない母を失った精神的混乱と空虚さが潜在意識にあったのかもしれません。「死とは使い古した服を着替えるようなもの。命は輪廻の連続性の中にあり、人間の生命は、死後も肉体を除いて、意識・記憶、個性などすべてが存続する」というインド哲学の死生観を盾に、自分に喪失感はない。精神は健全と思っていました。またブログにも「今回の経験を生かし、死に向き合う人や家族が、自分を失わずに穏やかな気持ちで生きていけるよう援助出来れば・・・」などと、偉そうなことを書き連ねていますが・・・私の本質はただのマザコンなのだと知らされました(^^;)

母は死して尚、こんな未熟な私に学びと成長の恵みを与えてくれたのかもしれません。「患者を通じて、施術者自らも救われる」長生上人の言葉を思い起こしつつ、1年以上の長きにわたり「母の死とプラーナ」をご愛読いただいた皆様に感謝申し上げます。

4月から、発病から最期まで母に寄り添いケアしてくれた妹の手記を掲載します。タイトルは「ありがとう ありがとうね」看護師として娘として、飾らない言葉で綴られた彼女の思いが、少しでも在宅で家族を介護する皆様のお役立てば幸いです。
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2017年03月18日

犯人は遠くにあり

長生学園同期の木原正己先生から、症例報告が寄せられました。

若い先生を対象に書かれたそうです。
臨床で困った時、道標になると思い掲載させていただきました。
木原先生からのプレゼントです♪


水産業を営む患者さん(50歳男性)が4年ぶりに来院されました。
治療室に入ってくるなり「先生御無沙汰しておりました。左肩が痛くなりました。五十肩になりました」と深刻な顔で訴えます。

問診
木原「いつからですか?」
患者さん「もう4か月になります。初めはそれほど気にならなかったのですが、段々痛みが強くなり、今は物を取ろうとしても痛く、服を着る時、腕を袖に通す動作が痛くて辛いです」

木原「他に気になることはないですか?」
患者さん「靴下を履こうとすると、右足はなんでもないのですが、左足を上げると股関節の周りと鼠径部が痛くなり、足が上がってこないのです。それから・・腰に少し痛みがあります」

木原「それはいつ頃からですか?」
患者さん「腰が気になりだしたのは1年半くらい前ですが、左足の靴下が履けなくなったのは6〜7が月前からです」

木原「その他に気になる症状はありますか?」
患者さん「全身が疲れています」

検査
■動的検査:可動性検査を実施したところ、腸骨の後方・下方と外方に変位があり、左足が1,5p短くなっていました。頸椎はC5が後方・左方と上方に変位して頸椎の動きが少なくなっていました。そのため首が右に傾き、左肩関節の機能低下が認められました。

■静的検査:伏臥位にて筋肉の状態、硬さ、しこり、弾力性を調べたところ、左半身の脊柱起立筋に過緊張があり、左の肩甲骨が高くなっていました。また、左の仙腸関節に圧をかけると、患者さんがベッドの上に腕を置いて動けないほど強い放散痛が左肩に現れました。

治療
軽めに諸筋を緩め、左腸骨の後方・下方と外方の矯正を1か所だけ行いました(後方・下方に重点を置く)

予後
木原「今日の治療はこれで終わりです」
患者さん「先生・・肩は治療してくれないのですか?」
木原「起きて肩を動かしてみてください」
患者さん「先生・・肩が動きます。不思議だ!不思議だ!!」

5日後、2度目の来院
私「その後どうでしたか?」
患者さん「とても楽になりました♪靴下も履けるようになり、袖に腕を通しても苦になりません。もう6割は良くなりました。」

患者さんも自覚症状だけでなく、客観的検査で患者さんの状態を確認したところ、左足の短足が1,5pから5mmになり、左仙腸関節に圧をかけても肩に痛みは起きませんでした。
前回と同じく、骨盤の後方・下方と外方の矯正を行い、治療を終えました。

私「どうですか?ベッドから降りて、自分で身体を動かしてみてください」
患者さん「色々動かしてみましたが、もうすっかり治っています♪」
私「まだ完治したわけではありませんよ。また仕事で無理をすれば戻るかもしれません。もう少し治療を続けてくださいね」
患者さん「はい。確かに先生が仰るように、朝早くから市場で魚を仕入れ、一箱10〜20sの魚が入った重い荷物を持ち上げ、何十軒もお客様の店に届けるのです。店に届けるには階段や狭い通路もあり、大変で辛くてもうやめたいと思うことが何度もありました。本当にありがとうございました。では次回の予約をお願いいたします」

考察
この患者さんのケースは、仙腸関節の左側腸骨の変位が第1次の原因と思われます。それを長い期間放置していたため第2次の原因に移行し、補正作用として首と肩に痛みが発生したと考えられます。つまり犯人は痛みの出ている個所ではなく、痛い箇所から遠く離れたところに潜んでいたのです。

こうしたケースでは、第1次の原因を矯正することにより、全体の骨組みの構成が改善されます。第1次の原因が安定した後、第2次の原因がまだ不安定であれば、それから第2次の原因にアプローチするのが理想的です。同じ日に第1次の原因と第2次の原因、両方を矯正することは謹んで下さい。むしろうまくいかない場合が多いです。

私たち治療家は、患者さんの身体を正しく分析し紐解いていくことで結果が伴うことを再確認した症例でした。このケースでは、おそらくどんなに肩を治療しても治癒しなかったと思います。治療は奥が深いですね。しかし、だからこそ遣り甲斐のある仕事なのではないでしょうか。

若い先生のお役に立てばと思い発表させていただきましたが、少しでも参考になれば嬉しく思います。
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2017年03月08日

定期総会にご出席下さい。

3月29日(日曜日)11時から
日本長生医学会北海道連合会 第58回定期総会が、
札幌アスペンホテルで開催されます。

会員の皆様はお誘いあわせの上、ふるってご参加下さい。
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2017年03月04日

長生学園ご卒業の皆様へ

今日は、長生学園の卒業式です。

長生学園の卒試は難関で有名ですが、
今日ご卒業された皆様の努力に拍手を惜しみません。

人を癒す仕事を選択された皆様は、
これから臨床を重ねるごとに、
他人を癒すことは、自分にとって最大の癒しだと実感するでしょう。

「信心を決定して、脊椎矯正法、精神療法、プラーナ療法で霊肉を救済する」
長生学園で授けられたこの宝物を駆使すれば、奇跡と呼ばれる治療が日常茶飯事となり、日々人を癒すことで得られる喜びは、自分の身体と心をも活性化してくれます。

皆様と長生医学会でお会いするのを楽しみにしております♪
ご卒業おめでとうございます

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2017年02月23日

日本長生医学会旭川支部 市民公開講座のご案内

市民公開講座「健康は情報で決まる」
〜ヘルスリテラシーを高める方法〜

■講師:TMSジャパン代表 長谷川淳史 先生
■日時:2月26日(日曜日)14:00〜16:30 
■会場:旭川市5条4丁目「旭川市ときわ市民ホール」研修室101

溢れかえる誤った医学・健康情報に振り回されないため
「情報を見極め、有効活用する能力」を身につけるための講座です。
市民公開講座として一般の方にも開放します。
ご家族、患者さん、お誘いあわせのうえお越し下さい。

■受講料:1000円

◇問い合わせ:大村長生館 TEL:0166(23)0818
Email:tulip@muh.biglobe.he.jp
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2017年02月18日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㊷〜


Functional Assessment of Cancer Therapy-Spiritual(FACT-Sp)について読者の方からご質問をいただきました。

一言で言うと、死期の迫っているがん患者さんへのアンケートです。
例えば、人生で大切に思っていること。自分の果たした役割。自分が誇りに思うこと。などを患者さんに記述してもらい、生きる意味、平穏さ、信念など12項目にわたりチェックし、患者さんのスピリチュアリティを評価しようとするものです。

スピリチュアリティとは、単に健康や生活に直結したQOL、つまりWHOの定義する身体面、心理面、社会面だけでなく、生存の質や霊性など多次元的QOLを意味するものなので、客観的な評価には意見が分かれるようですが、こうした議論が活発になってきたことに、医療の本質が、単に病気を治すことだけでなく、病人の尊厳を尊ぶ全人的医療へと方向を変えつつあるのを感じます。しかし私の住む35万都市旭川市には、260の病院と診療所があり、およそ7,600の病床があるそうですが(日本医師会JMAPより 2016年10月現在の地域内医療機関情報の集計値)ホスピスの病床はまだ数えるほどしかなく、当院に通院される看護師さんの話では、大勢の患者さんがベッド待ちをしているのが現状のようです。

長生医学の目的は“霊肉救済”です。今回の経験を生かし、微力ですが、死に向き合う人や家族を失った悲しみに打ちひしがれたスピリチュアル・ペインを持つ人たちが、最後まで自分を失わずに穏やかな気持ちで生きていけるよう援助出来ればと思います。

母にFACT-Spを実施してもらえば、ターミナルケアにおける霊性の部分を客観的に評価出来たかもしれません。

しかし「私ほど幸せな人はいない」と言い残した母に、その必要はなかったと思います。
こうした病の危機的状況でも、自分と他者を肯定できている言葉なのですから。

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2017年02月11日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㊶〜


甥は自他ともに認める“おばあちゃん子”です。

「おばあちゃんと一緒に住みたいから、おばあちゃんのいる名寄に転校させてほしい」と、小学校低学年で親元を離れる決意を本気で両親に訴えるほどでした。

そんな甥との何気ない会話を思い出しました。

甥「ねえ最強ってだれだろうね?やっぱりボブサップかな?」

私「そうだなぁ・・・おばあちゃんとボブ・サップ、どっちが強いと思う?」

甥「そりゃぁボブ・サップでしょ」

私「じゃぁ、ボブ・サップに、ボブさんあなたは明日死にますよ。って言ったら、ボブ・サップはどうすると思う」

甥「う〜ん・・・きっと、うお〜〜!!死にたくない!って大声で泣くと思う」

私「じゃ、おばあちゃんに、あなたは明日死にますよ。って言ったら?」

甥「あら・・・そうなの?仕方ないわねぇ。って言うかもね」(笑)

私「どっちが強いと思う?」

甥「おばちゃん♪」

私「本当の強さって、きっと力の強さじゃなくて、気持ちの強さなんじゃないかな」

Functional Assessment of Cancer Therapy-Spiritual(FACT-Sp)という、がん患者のスピリチュアリティを機能的に評価する調査によると、死を受容出来る人は、例え、身体的、心理的、社会的QOLが低くても、スピリチュアルな領域でのQOLが高いそうです。
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2017年02月04日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㊵〜


母の死に接し、驚くほど悲しみも落胆もなく、むしろ満足している自分がいました。

母がステージWの膣癌と診断されてから、医療者である私たち兄妹が優先したのは、積極的ながん治療や延命処置ではありませんでした。苦痛の排除を最優先し、母が良い人生だった、生まれてきて良かったと思えるケアです。

そのために医療者として私たちのすべきことは、私たち自身が、死への恐怖をなくし、死は生と続いている自然な出来事なのだと気づくことでした。

こうした生と死の仕組みが本当だとすると、死に対する安心と勇気が生まれ、人生の捉え方が変わり、より前向きな人生を歩めそうな気がします。

自分という存在を考えると、生まれようと思って生まれでたわけでもなく、大きくなろうと思って育ったわけではなく、死のうと思って死ぬわけではありません。こうして生きているのは如来の力があるからと感謝し、執着せず、ゴチャゴチャ考えず、その日一日を明るく精一杯生きればよいのだと母のケアを通し実感することが出きた気がします。

そして最後の最後まで、私の持てる能力を出し尽くし母を施術出来ことは、治療者として何物にも代えがたい経験となりました。母のためのケアがそのまま自己成長の恵みだったのです。

如来は母は通し、治療師として私を成長させてくれたのかもしれません。

「患者を通じて、施術者自らも救われる」長生学園に入学してから36年をかけ、長生上人の言葉をようやく理解することが出来た気がします。
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2017年01月28日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㊴〜


インド人にとってバイブルともいわれる“バガヴァッド・ギーター”の中にこんなことが書かれています。

「生まれたものは必ず死に、死んだ者は必ず生まれる」
「人が古くなった服から新しい服に着替えるように、魂も使い古した肉体を捨て去り、新しい肉体をまとっていく」
「魂は、生まれることも死ぬこともない」
「魂は、いかなる武器であろうと切り刻むことはできないし、火で焼くこともできない。水に溶けもせず風で枯れもしない」
「不変、不動、永遠の実在。肉体が壊されても魂が壊れることはない」

つまり私たちの本質は物質的な肉体でなく、非物質の魂である。そしてそれは肉体が死しても決してなくなることはないと何度も何度も説いているのです。

”母の本質は生きている”
母の死に接し、驚くほど悲しみも落胆もない自分がいました。
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