2018年01月13日

ありがとう・ありがとねS

平成27年7月26日 和彦兄治療。(まやちゃん同伴)

「治療後、脈60台に落ち着いた。治療もうまくいったので少し落ち着くのではと思う」

治療後、ソーメンサラダを「おいしい」と食べ、1時間程まやちゃんと談笑したと聞く。
帰宅後行くと、今日のことを嬉しそうに話してくれた。

夕食もモリモリ食べる。食欲にムラはあるが。
でもこれで十分。体が求めるまま、それでいい。十分すぎる。
家で過ごせるのがありがたい。
いつものことながら治療の凄さ痛感。治療のお蔭です。

7/27 出勤前に顔を出すと、トイレ、洗面を済ませた体動後だったが脈拍106回/分
「少しこわいけど、昨日までのこわさとは違い楽だ」
帰宅後行くと
「昼は食べたけど、夕は食べたくないからアイスクリームとおやつを少し食べた」
「食べたい時に好きな物を食べればいいんだよ」
脈90台。

7/28 トイレ、洗面を済ませ臥床しており脈拍94回/分、咳たまーに出るくらい。
「朝ごはん食べれそう。あったかいご飯とたらこで食べるんだ」
  
遠隔治療中から終了後も、鼾をかいて寝ている。
起きてから朝食「おいしい」と言いながらモリモリ。
夕食もモリモリ。
「横になっているとそれ程こわくないし、すぐ眠ってしまうの」

7/29 夕方帰宅すると、外で腰に手を当て深呼吸している。
「1日中楽だったんだよ」と洗濯もしてあり、テーブルに夕食の準備もしてある。
「お花に水をあげたり、座ってスイカを切っただけで、こわくなって横になるんだよ。そしたら寝ちゃうのさ」と困った顔をしている。

「早く元気になりたくて焦る気持ちはわかるけど、なんでも頑張ってしなきゃと思うのは疲れるよ。頑張ってたくさん食べなきゃとか、頑張って動かなきゃとか、こわいけど、眠たいけど頑張って起きてなきゃとかね。長い時間かけて病気になったんだから、回復するのも同じくらい時間がかかるんだ、くらいの気持ちで、身体の命令に従って無理しないで出来る事をしてればいいんだよ」

「そうだよね。ありがとう」
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2017年12月16日

ありがとう・ありがとねR

平成27年7月23日
父の心無い言動にかなり辛い思いをして、情けなく頑張る気力さえなくしているようなネガティブな発言が多い。元気をなくすことが多い。

父「周りがみんなしてチヤホヤするから、ばあちゃんもその気になって寝てばかりいる
んだ。おまえも気力で治す気がないんだ」と母と私に向かって言う。

どんなにか悔しいだろう。死にたくなるだろうと思う。
父の声掛けや優しい言葉が一番の薬なのに逆にストレスを与え悲しませることばかり。
まだ母の病状を受け入れていないし、受け入れようともしない。
8歳も年下の母が先に逝ってしまうことなど考えもしなかっただろうし、認めたくないのだ。現実逃避。
父とトラブルだけは起こさない。母に影響を及ぼす。我慢。

7/24 泌尿器科再診。尿道カテーテル交換する。
   前日友達と病院で会う約束をしていたと、待っていてくれた友達と待合室でおしゃべりをする。
   鴇沢さんと偶然会う。
「鴇澤さん終わるまで待ってて、帰り一緒に車に乗せてあげたい」

自分も待合室が空いてきたら横になりたいくらいこわいのに、人の心配ばかり。
放ってはいられないのだろう。

7/25 夜帰宅後顔を出すと「こわいの」と座っている。
   頻脈と不整と強弱が激しく、脈拍の数値測定出来ない。(多分140回/分前後)
すぐ安静臥床させ、深呼吸とリラックス促し、3〜5分程で徐々に脈拍90台となり落ち着く。
「あんた来なかったら死んでたかもしれないわ。胸に重たい物がのってるみたいで苦しかったし、息も苦しかった」
「そういう時は、すぐ横になってね」とは言ってみたが。

母は苦しさと不安と恐怖で、じっと臥床などしていられなかったのだろうと察する。
脈拍をとりながら、このまま治まらなかったら救急車か?と頭をよぎった。
やばかった。

ここ2週間くらいの間でADL↓、長時間座っているだけでこわくなり、臥床時間が多くなってきている。
PSに当てはめるとグレード3 余命1ケ月くらいか?
急変は勿論、お盆までもつだろうか?
想定内とはいえ6月が奇跡だった。

父へのストレスも重なり弱気な発言が多い。
病状は進行しても心は穏やかに過ごさせてあげたい。
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2017年12月09日

ありがとう・ありがとねQ

平成27年7月9日 婦人科再診。
   こわそう。待合室の椅子で横になって順番を待つ。
先週末頃から、倦怠感と食欲低下と咳と労作時頻脈症状が出ている。

今のところは安静にしていれば落ち着く。
自宅で食べたい時に好きな物を食べられるだけ食べ、こわくなったら横になる。
この生活でいいと思う。

7/19 和彦兄治療。(お姉さん)
「また腹膜が骨盤内膜に引っ張られている」

朝、治療後から頻脈が治まり、咳が出る頻度も減る。
昼食から食欲が出る。「お腹空いた。あ〜おいしい」と久々に聞く。
さらに、お土産のゼリーを早速おいしそうに食べる。
夕方には「楽になった」と。
夕方に咳き込んだくらいで咳も出なくなる。脈拍90回/分
夕方、和彦兄へ母の様子をメールする。
和彦兄「明日はもう少し脈も安定すると思う。筋膜系は落ち着くまでに時間がかかる。お腹が空いたのは腹膜のつっぱりがとれてきたから」

7/20 「昨日からみたら、動いた後もすごく楽でドキドキしないし、こわいのも半分だ。
食べたい気もある。いやしいんだね」
   脈拍、安静時で80〜90台、動いても100台、咳↓、食欲↑。

7/21 和彦兄治療。

7/22 「日に日に楽。起きていられるようになった。家に居られることと、治療を受け
られることが幸せだ」

7/23 和彦兄「だんだん落ち着いてくると思う」
洗濯などしてある。咳時々。
しかし、父の言動で悲しむことがしばしばある。

洗濯、そんな気になったなんてすごい。

いつも治療のすごさ目のあたりにする。
病院なら対症療法だ。それにより余計苦痛が増す。
道具を必要とせず、楽にしてあげられるなんて、凄すぎるし素晴らしい。
皆それぞれに、自分の出来る事でサポートしてくれている。
休みを返上して来てくれる兄達、ずっと休んでないなぁ。ありがとうございます。
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2017年12月01日

ありがとう・ありがとねP

平成27年6月30日
旭川厚生病院緩和ケア病棟申し込みする。私だけ受診する。
ソーシャルワーカー 乾 様と面談し緩和ケア病棟を見学させていただく。
   緩和ケア病棟入院判定会議で受け入れを検討し後日結果を連絡しますとの事。

6月は奇跡的に楽に元気に過ごせた。臥床も少ない。
贅沢を言わせてもらえるなら、現状維持ならいいなぁ。他に望む事ない。
正直、お盆までもたないと思っていたのにありがたい。
兄ちゃん、よっちゃん、ありがとうございます。
治療中の兄達とのおしゃべりも母にとってストレス解消になっていると思う。

平成27年7月6日
旭川厚生病院緩和ケア病棟登録となる。
ソーシャルワーカー 乾 様から連絡あり。
「入院についてはご連絡いただいて、1週間程度でベッドをご用意出来ると思います。患者様にとって家に居られることは一番です。
連絡が来ない事を祈っていますが、何かあればどんなご相談でも力になります。
いつでもご連絡下さい」

母に関わってくださる方は優しい方ばかり。ありがたい。
母を通じて、いろいろな方々との出会いがある。

7/8 婦人科の前日採血のため病院受診。
「仕事休ませてごめんね」

もう何度も言わせてしまった。私こそ気を遣わせてしまってごめんね。
特別治療を望んでいない状況下では正直、採血なんてもう要らない。体調が悪い人が受診するのがどんなに辛い事か。
しかし母は愚痴や文句など言わない。
posted by かず at 19:31| Comment(0) | ありがとう・ありがとね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月17日

ありがとう・あいがとねO

平成27年6月11日 婦人科再診。

   「動くとこわいですけど、特別変わりありません」

6/12 義博兄治療。

6/16 5月からずっとあった下半身の浮腫がほぼ軽減し調子良さそう。表情良い。
   遠隔治療時「兄ちゃんには悪いけど熟睡してしまう。ビワミン続けたい。良く眠れるし便通も良くなった。杉之下さんにお礼言わなきゃね。調子いいのはみんなのお蔭。ありがたい」

6/18 体調良く、友達との集まりに向けて、家周辺を歩いたりしている。
動いた後は疲労感強く臥床する。
皆に感謝しており、言動からやる気も伺える。

「みんなと食事に行く時、おしっこ臭くないかい?」と気にしている。
ヒデが介護用品売り場でみつけて来てくれた消臭スプレーと香水と尿袋に下げる消臭具をとても喜ぶ。

ヒデは何でもすぐ対応して母を安心させてくれるのでありがたい。
「みゆの兄弟はすぐに情報交換して協力し合い素晴らしいね。ただ、お兄さん方の身体が心配」と言ってくれた。

6/20友達と外出
(ヒデの送り迎えで、イオンフードコート内のラーメンを食べ、マックのコーヒー
を飲みながら、おしゃべりしたと聞く)
「楽しかったよ。すーさんはラーメンが大好きなんだけど、みんなパンを食べるから遠慮してラーメン食べないから私が付き合うんだ。おいしそうに食べるよ。
ラーメンのお兄さん、番号呼ばないで親切にテーブルまで持って来てくれるんだよ。私とすーさん危ないと思ってだね」など嬉しそうに、いろいろ話してくれる。

外出、そして友達とおしゃべり、奇跡。 良かったね。お母さん。頑張ったね。

6/21 和彦兄治療。

6/26 義博兄治療。

6/29 夕食にかき揚げを作ってくれていた。

こんなことが出来たのかと思うと嬉しい。
よほど体調が良かったのだろう。結構な重労働なのに。
しかし、いつ食べてもサクサクしていて美味しい。
多分、これが最後のかき揚げだろう。お母さん、ありがとう。
兄ちゃん、よっちゃん、旭川のみんなにも食べさせてあげたいなぁ〜。
私だけごめんね。
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2017年09月27日

ありがとう・ありがとねN

平成27年6月

6/7 和彦兄治療。
浮腫が徐々に軽減し表情良く、臥床している時間が少なく過ごす。

遠隔治療時いつも「兄ちゃんには悪いけど、足が温かく感じてるうちに眠ってしまうの」と鼾をたて眠ってしまう。

その後しばらく治療できず過ごす。(大村先生の骨折、転院、手術のため)

6/8 谷内科クリニック再診。
24時間心電図と採血の結果を聞く。
「心臓は異常ないです。貧血、腎臓、肝臓、血糖とも正常値でした。ごはん食べれているの?」
「はい食べています。動くとこわいだけです」
「元気でまた顔みせてよ」

母が診察室を出てから、市立病院での現在の経過と母の意思と今後の方針について伝え、診療情報提供書をいずれお願いにあがることを話す。
「お母さん幸せだね。そうしてあげて下さい。手紙のことは電話でもいいから、いつでも言ってね」と言って下さる。

母と私に優しい言葉をかけて下さる谷先生、ありがとうございます。
お母さん、こわくて大変だけど来て良かったね。次回予約日また来れたらいいね。

谷院長はとても気さくなうえ比布町出身で母と同郷ということもあり、母も信頼を寄せ
ている。

「いっつも必ず、<また元気に顔みせてよ>と言うんだよ。優しいんだ」

谷内科クリニック院長の言葉
(自由にお持ち下さいと待合室にプリントして置いてある)

朝は希望に起き 昼は努力に生き 夜は感謝に眠る


母の目に止まらぬはずはなく
「いい言葉だね〜 本当だよね〜 1枚貰っていく」と手提げ袋へ。
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2017年09月14日

ありがとう・ありがとねM

平成27年5月31日
出勤前に顔を出すと「夜中に管が抜けてしまった。引っ張ったつもりはないの」
「抜けても漏れ出ていれば何も焦る事ないし、そういう事もあるよ。心配しない
で病院行って入れてもらおう」

泌尿器科受診。
「すいません」しきりに謝る母に対し
「何かあれば予約外でも、午後休診の時でも、いつでもいいから来て下さい。
手術中で僕がいなくても、ちゃんと看護婦さんにしてもらうように話しておくからね。元気出して」と言って下さる。
看護師さんも「私はいつでもここにいますから来てね」と。

「優しい先生ばかりでありがたい。ところで、あんた今からでも仕事行って来てごめんね」
「年休もあるし大丈夫」
「それはわかってるけど、あんまり休ませてるからさ」
「好きで付いて来てるからいいの」

母が一番辛いのに人の心配ばかり。
ひとりで来られる状態じゃないのに。
こんな身体で受診頻回。疲れるだろうなぁ。でも安心した表情。

5/31 義博宅の畑の写メみせる。
「雑草とってやらないとダメだよ。野菜が雑草に負けて大きく育たないよ」とアドバイス。
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2017年09月09日

ありがとう・ありがとうねL

平成27年5月21日 婦人科再診。

「旭川厚生病院緩和ケア病棟の件ですが、その時になって急にとはいかないので一度厚生病院に話しておきます。手続きのことも聞いておきます。
急変時や病状により行けなくなった時、または病室待ちなどの場合は、こちらで診ます」と言って下さった。
今後延命治療は望まず、苦痛の緩和を最優先でとお願いした。

5/22 義博兄治療。

5/25 谷内科クリニック受診。24時間心電図を装着し帰宅。
5/26 谷内科クリニック受診。24時間心電図を取り外し帰宅。

5/29 泌尿器科再診。
「管を入れてから、当て物が汚れないので楽です」
本人の意思で尿道カテーテル留置を選択する。
4週間毎にカテーテルの交換に通院する事となる。
「紙パンツあったかいわ〜 普通のパンツもう履けないわ。汚れたら捨てれるし、
いいわ〜 今は便利なものがあって助かるわ」

母は悲観的に考えず現状を受け入れ、前向きで偉い。

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2017年09月02日

ありがとう・ありがとねK

平成27年5月16日

義博兄治療。
「私は幸せ者だ」

5/17「今日は楽だわ〜 兄ちゃんと義博の治療のお蔭だわ」

5/18「おやつに半身揚げ食べたよ。冷えても美味しいんだよ」

おやつに半身揚げなんて、かっこいいね。食べられること素晴らしいね。
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2017年08月22日

ありがとう・ありがとねJ

平成27年5月15日

泌尿器科受診。
北原医師「癌が膀胱に浸潤し、膣と膀胱がつながってしまったので、括約筋のない膣から尿が漏れている状態。言い方は悪いが垂れ流し状態なのです。
当て物を取り換えるか、管から出すかになる。
今日、管を入れて2週間試して、上田さんが管理しやすい方にしましょう。
尿管は今の所は問題ないです。

上田さん、おしっこは尿道でも膣からでも、どちらかから出てればいいんです。
あまり考えないで元気出してくださいね。
カテーテルは刺激が少ない腎瘻用の柔らかいカテーテルにするからね」

尿道カテーテル留置する。
良く発熱しなかったと思うくらいの臭気の強い血尿に組織片混じりの尿が流出。
外出時や日中用と就寝時用にと2種類尿袋をいただく。

診察が終わると昼過ぎていた。
「お腹空いて家まで我慢できない」と病院の食堂で卵とじそばを「おいしい・おいしい」と完食する。
「お父さんとヒデちゃんにお土産買っていこう」と売店でドーナツを買い帰宅後ドーナツ1コも食べる。
待ち時間にいろいろな話しをする。貴重な時間。
「仕事休ませてごめんね。ありがとう」すまなさそう。

帰宅後、尿袋の交換の手技や入浴時の方法、その際の感染の注意事項などを積極的に覚え「わかったよ。私、管入っていること、外からはわからんね。友達とコーヒ飲みに行けるね」

母は現状を受け入れ一生懸命だ。お母さん、偉いね。
母が一人で悩んだりせず、何でも打ち明けることができるような娘でありたい。
私は何よりも、何でも相談出来て協力を惜しまない兄達がいてくれて安心だし心強いしありがたい。
いつも休日返上して来てくれてありがとうございます。
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2017年08月03日

ありがとう・ありがとねI

平成27年5月14日

夕方、師長へ面談申し入れ、可能な限り早く退職したい旨話し、退職願いを提出するが病院の都合で8月迄となってしまう。

退職することには全く迷いはない。
とにかく母の力になりたい。傍についていてあげたい。
スタッフにも勤務上、これ以上迷惑をかけられない。
しかし8月迄とは残念。でもやるしかない。やらなきゃ辞められない。
私が退職するまでもつだろうか?じゃないと後悔してもしきれない。

「後悔しないように自分が思うようにしたらいい。全面的に協力するよ。休みの日は、バイトもするから」と言ってくれたヒデに感謝。良き理解者。

5/14 婦人科受診。明日泌尿器科受診するよう言われる。
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2017年07月12日

ありがとう・ありがとねH

平成27年5月13日
消化器内科再診。(村上医師)

大腸カメラ行う。その後胃カメラと大腸カメラの結果を聞く。

「検査前は下剤を服用していないので、直腸を診る程度のプチ大腸カメラ予定であったが、大腸もきれいでカメラを進めることができた。
胃カメラで胃は異常なし。直腸は癌の浸潤なし。狭窄もなし。大腸もポリープなどもなく、きれいで異常なし。本日で消化器内科は終了です」

「あ〜 良かった。安心したわ〜 なんだかお腹空いたね」
すでに昼過ぎている。疲れた顔をしている。
「お母さん、良く頑張ったね。頑張った甲斐があったね。お疲れ様でした」
「ありがとう。みんな心配してるからメールしておいてね。仕事休ませてごめんね。帰りに今のより大きい当て物を買っていくわ。おしっこがあまり出なくて、当て物がすごく汚れてパンツを汚してしまうから」
オムツパンツも購入する。

膀胱が穿孔してしまったのだ。仕方ない。
尿路感染などリスクはあるが、尿はつくられているからいい。
尿道カテーテル留置だな。

義博兄に伝言頼まれる。
「名寄に来る時、半身揚げもう1回買って来て。時間経ってもおいしいから揚げたてでなくてもいいよ」

「食べたい物があるのはいいこと」

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2017年07月08日

ありがとう・ありがとうねG

平成27年月12日(大腸カメラの前日)

下剤服用するのを心配している。
「あんないっぱい飲めるだろか?夜ここ(居間)で寝るわ。トイレ行くのに間
に合わないから」
私も今の母の体力と病状を考えると大腸カメラの前処置として2ℓもの下剤を大量飲用し下痢をおこさせることは、今よりさらに体力を消耗させる。
大腸カメラ事態、危険が伴うものであり、これらのリスクを考えたら、どうも心配で気がすすまない。
兄達に相談し母の意思を尊重する事とし、その旨母に伝える。
   「兄ちゃんも義博もそう言ったの?良かった。トイレ通いで眠れなくて、明日歩
いて行けないんじゃないかと思ってたんだ。安心した。ゆっくり眠れる」
   父も納得してくれた。

かなりのストレスだったんだね。お母さん、ごめんね。
早く相談して安心させてあげれば良かった。
今の母には、この検査は辛すぎるし、場合によっては、入院はおろか、生命に関わる危険を伴うこともある。
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2017年06月23日

ありがとう・ありがとねF

平成27年5月10日

和彦兄治療。
「組織病変が骨格病変を引き起こしている。骨格的問題は相当改善してきている。
うまくいけば、しばらくの間、楽に過ごせると思う」

義博兄、京美ちゃん、羽―ちゃん来る。
義博兄「おばあちゃんが元気になっていてびっくり」と。
鶏の半身揚げを「おいしい」と食べたと聞く。

5/11 今日は表情が良く、話し方や声が力強く感じる。
食欲も出て「おいしいんだから」

週1回ペースで治療を受け、さらに毎日遠隔プラーナ療法を受け、動いても頻脈になることがなくなり、食欲が出て「おいしい」とADLも拡大する。

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2017年06月14日

月03日 ありがとう・ありがとねE

平成27年5月8日

 今朝、兄からの遠隔プラーナ療法時
「指の付け根から水が湧き出し、指先の方へ流れる様な感じがする」
しばらくして
   「治療、終わったわ」
   時計をみたら8:35分、何故わかるか聞くと
   「その感じが弱まり、今度は逆に指先から指の付け根に水が戻って来る感じがし
て、すごく弱まったから。こんなの初めてだ」

5/8 МRI(腹部〜骨盤腔)検査し帰宅。
待合室で「私、癌になってしまったけど、心配して大事にしてくれる子供達がいてくれて幸せ者だよ。ありがたいし幸せだ」

こんな事言ってくれるなんて涙がでる。
昨夜はいろいろなことを考え、不安で眠れなかっただろうに。
自分を投げうって皆に尽くし頑張ってくれた母の力になりたい。
もう辛い思いや我慢は絶対にさせたくない。
待合時間も今は私にとって母との貴重な時間に思う。
勤務を配慮して下さる師長、スタッフに感謝。
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2017年06月03日

ありがとう・ありがとねD

平成27年5月
少しの動作で頻脈と不整脈となり「胸が苦しい」と臥床し安静にしていると、しばらくして徐々に落ち着く。この繰り返しで、ほとんど臥床して過ごしている。
下半身の浮腫もある。咳も出る。食欲ない。ADL低下。

PSにあてはめるとグレード3に近い2〜3に各当する。余命2ケ月〜4ケ月半くらいかなぁ。

5/5 和彦兄治療。「骨盤内膜が心膜と胸膜を引っ張り頻脈にしている状態」
5/6 和彦兄治療。

5/7 本日午後、婦人科再診日。
一応、父に「今日、検査結果の説明があるから、一緒に受診してお父さんも先生の説明を聞くかい?」
「俺が聞いてもわからん。お前が聞いて来てくれ」

婦人科再診。(検査結果の説明を受ける)
「細胞診検査の結果、癌でした」と告知を受ける。前回受診時に私が説明を受けた内容を母も説明受ける。
   母は表情変わらず「そうですか」自分に納得させるように「うん・うん・うん」と何度も頷いている。
   「先生、入院はしたくありません。家に居たいです。痛いことも、もう嫌です」
   「わかりました。そうだよね。痛いことは嫌だよね。定期的に顔を見せてもらって経過をみて行きましょう。何かあったら、いつでも来て下さいね」
外来通院で経過をみていくことになる。
  
私だけ残り、本人の意思を尊重し積極的治療は望まず、できる限り自宅療養し、日常生活に支障を来たす時が来たら、旭川厚生病院の緩和病棟へ入院希望と話す。

診察後
「あんたの言うように早く病院に来たら良かったね。嫌になっちゃうね。
でも、なってしまったものはしょうがない。優しい先生で良かったわ」

「進行がゆっくり、ゆっくりだから症状が出なかったんだよ。入院しても寝ているだけだと思うし、かえって良くないもね。集団生活だし制限が多いからストレスで逆に病気になっちゃうもね。心臓で入院した時に同じ部屋にひどい人がいて、眠れなくて大変だったもね。私が付いているから大丈夫。ずっとお母さんの傍にいるから家に居よう。お母さんはまだまだ若いけど、年齢的には癌の進行が遅いから、今まで通りに生活してればいいんだよ。何か症状が出たらその時に考えよう。今はいい薬もたくさんあるから家でも生活できるよ。でも今までみたいに無理はダメだよ。これからは何でも言ってね」

「ありがとう。心配かけるね。仕事休ませてごめんね。もう少しで晩ごはんだから
お弁当でも買って帰ろうか。あんたとヒデちゃんの分も買おう」

母も覚悟はできていたと思うが、やっぱりか〜 という思いと共に、残念で残念でならなかったと思うし悲しかったと思う。
先生からの告知をきちんと聞き入れ、自分の考えを伝える母、立派だった。

帰宅し私から父に伝える。
「お母さん、婦人科の癌だった。お母さんも先生から聞いて知っている。2度目なので放射線はかけられないし、高齢なので抗がん剤も強い薬は使えないから、定期的に通院して経過をみて行くことになったよ」

父は厳しい表情で聞いていたが
「しかし、お前もわからんかったのか?何か症状はなかったのか?」と責め立てるよう
に言うと外作業へ行ってしまった。

「いつものことだよ。何でも私が悪いんだ。私が悪者で丸く収まるようになってるんだから。私が癌になったのはストレスのせい。1回目はお父さんと楡木のおばちゃんのせい。2回目はお父さんのせいだと私は思っているよ」下を向き呆れたように言う。
「傍に私がいるから大丈夫。頼りないかもしれないけど、頼りにしてね」
「ありがとう」

お母さん、悔しいね。涙が出るね。
父には怒りを通り越し情けない。どうして、病院疲れただろ、これから無理するなよと言ってあげられないのだろう。
父もショックだと思うが、少し前に告知を受け、ショックを受けている母への思いやりやフォローの言葉はないのか?
こんな酷いことを言われても反論もせず、どんなにか悔しいだろう。
一番つらいのは母なのに。

外へ行き父に話す。
「今まで通りの生活でいいのだけど、これから徐々に身体がこわくなってきて、出来ない事が増えてくると思う。無理だけさせないようにしようね。私も協力させてもらうからね。
それと、お母さんはできる限り入院はしたくない。家に居たいと言ってるんだ。
痛みや苦しくなって来たら、痛みや苦しみを楽にしてくれる旭川にある専門の病院に入れてあげたいと考えているのだけど、時期が来たらまた相談するね。
あと、どんな病気もそうだけど、急に病状が変わることもあるということだけ頭に入れておいてね。兄ちゃんとよっちゃんとも相談しながら、みんなでお母さんを支えて行こうね」
聞いているのかいないのか、顔も合わせず「うん」

父もショックが大きいと思うが、母を責め、優しい言葉もかけず最低な態度をとった。
母の病気に正面から向き合おうとしない。
今後時間をかけて受け入れ、何か聞いてくることを期待しよう。
でも時間がないのに。
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2017年05月25日

ありがとう・ありがとねC

平成27年4/23

子供達で話し合う。(旭川 上田宅)

   ・母の意志を尊重する。
   ・苦しまず安らかな最期にする。
   ・幸せだった、良い人生だったと思えるようにする。
   ・家での生活に支障を来す時がきたらホスピス(旭川厚生病院)へ入院させてあげたい。
   と意志を統一。

4/27 病院受診。胃カメラ行い帰宅。
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2017年05月14日

ありがとう・ありがとねB

平成27年4/22 消化器内科再診。

CT検査の結果を聞く。
「画像上内臓には異常ないが、子宮に異常がみられる。今日、これから婦人科受診して下さい」

婦人科受診。(岡本医師)
内診と細胞診を行う。

   「癌の検査をしました。結果が出たらお話ししますね。MRI検査などもう少し検査をさせて下さい。今、食べられますか?お腹痛みませんか?」
   「食べています。痛みはないです。ただ動くとこわいだけです。よろしくお願いします」
  
母が先に診察室を出て、私が説明を受ける。

「内診と細胞診検査をしました。内診で癌だと思います。子宮を切り離したところ、上部の再発です。一度放射線をかけているのでもうかけられないし、化学療法も年齢的に強い薬は使えないので経過をみていく方法になると思います。次回受診までに告知、今後の方針について話し合っておいて下さい」
  
私が診察室から出て行くと、
   「先生なんか言ってたかい?」
   「検査結果待ちだって。あと今までにかかった病気などを詳しく聞かれたよ」
   「うん、私、もう辛い検査や治療は嫌だ。痛いことは嫌。入院も嫌。家に居たい。だって入院はさみしいよ」
   「そうだね。どんな病気でも痛いことはやめようね。入院もするんじゃない。入院したらかえって病気になっちゃうもね」
   「そうしたい。2月頃から、たまーに出血あったんだ」
  「とりあえず検査結果を待とう。検査結果を聞いてから考えればいい事。それまであれこれ考えないでいようね。どんな病気でも、おばあちゃんと私の考え同じだわ。これから病院の時は私も一緒に来て先生の話を聞くから心配しないでね」
「ありがとう。さあ〜 お寿司でも食べて帰ろう」
と都寿司でランチ。(母はサラダと半蕎麦と握り2カン食べる)

友達と月に1回食事会があり、このお寿司屋さんを利用していた。
食べきれず残った握りは持ち帰り、いつも私へのお土産としてくれていた。

母の気持ちと今後どんな苦痛が訪れるのかを考えると味がしなかった。
絶対苦しい思いをさせたくない。一番にそう思った。
母は早い時期から体調の変化、それも軽くない事、受診すれば即入院になるような事態がありうることに気付いていたと思う。だからこそ受診しなかったのだと思う。

昨年末に、横になっていることが多く見受けられたこと、家事がまめに行き届かなくなったこと、風邪症状が続いていること、着替えている姿をみて痩せていた事が気になり病院受診を勧めたことがあったが、
「入院になったら困るし、4月に谷内科の予約日なんだ。それまで様子みる」と拒否していた。
身勝手で優しくない父へのストレスからのプチ鬱状態か?とも思ったりしていた。

私は精査を勧められたと聞いた時から覚悟をしていた。
こんなに近くに居るのに打ち明けられず、悩み我慢していたんだね。
どんなにか不安だったろう。
気付いてあげられなくてごめんね。母に申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
お母さん、これからは不安、苦痛、心配事など何でも打ち明けてもらえる存在になれるように全力でサポートさせてね。絶対に苦しい思いをさせない。
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2017年05月02日

ありがとう・ありがとねA

平成27年4/15〜5/13日まで名寄市立病院で検査を受ける。(消化器内科→婦人科→泌尿器科)

4/15 消化器内科受診。(井尻医師)
「谷先生から腫瘍マーカー値が高いとのことで紹介受けました」
CEAが8とのこと。
胃カメラと大腸カメラが予約となる。
今日は腹部〜骨盤腔の造影CT検査をして帰宅する。
「若い先生だね、息吹ちゃんに似てるね」

若くて優しい口調の医師だが、しかし今どきの医者は患者の顔もろくに見ないで、パソコンを打ちながらの問診、内科医なのに聴診器を当てる訳でもなく、脈をとる訳でもなく、診察台に寝かせ腹部を触診する訳でもなく、検査値の情報がまず最優先なのだろう。
母の顔、目をしっかり診て、下瞼をめくり、脈をとったなら、少なくとも1ケ月後に大腸カメラ予約とはならないだろうに。
選ぶ病院がない、医師を選べないのは辛い。やはり患者は弱い立場なんだなぁ。

待合室で
「お母さん、だいぶ我慢してたんだね。無理させたね。ごめんね」
「なしてさ、あんたなんも悪くないよ。やっぱりお父さんのストレスが一番だね。
いつか病気になると思ってたよ。仕方ないもね。友達とお出かけしたり、好きなことし
て、なるべくストレス発散してはいるけど、いろいろあるもね。心配かけてごめんね。
仕事休ませてごめんね」

4/17 表情少し良い。咳出ている。
「こわいけど、吸い込まれるようなこわさ無くなった」

4/18 義博兄治療。
「足が温かくなったわ」と喜んでいる。
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2017年04月01日

ありがとう・ありがとね @

1年以上にわたり、治療師としてターミナルケアにどう関わったかを治療師目線で書いた「母の死とプラーナ」を掲載しましたが、今月から、介護者目線の手記を連載します。

この手記は、癌の発病から最期の時まで、母に寄り添いつぶさに観察してくれた妹が、看護師として娘として、病気の経過や、病人と介護者の揺れ動く心、喜び、感謝の気持ちなどを、その時々手帳に書き残したリアルな記録です。脚色等は一切施しておりません。

タイトルの「ありがとう・ありがとね」は、母が妹に毎日かけていた言葉ですが、この言葉にはスピリチュアル・ケアの本質が息づいているように思います。

在宅で家族を介護する皆様のお役に立てば幸いです。


平成27年4月
4/6 谷内科クリニック定期受診。定期検査(採血と腹部エコー)
「なんとか?という値が高くて、膵臓が少し腫れてるから、市立病院で検査して下さいと言われて、すぐ予約してくれた。心臓も少し弱ってきているから、と心臓のエコー検査の予約も入ったの」と母から聞く。

肝臓癌?まず頭にうかんだ。やっぱり病魔が母を蝕んでいたのだ。
受診に付き添わなかったことを後悔。

昨年末からの母の様子をみていて、一人で受診させることに不安がよぎったが「大丈夫だよ、仕事休まないで」と一人で受診。
多分診察時、倦怠感があること、動くと胸がドキドキしてこわくなること、瘦せてきたことなどを訴えたのだろう。先生も母の様子から定期検査に加え、腫瘍マーカー採血が追加になったのではないかと推測する。

「時々スーッと吸い込まれるようなこわさがあって、このまま死ぬんじゃないかと思うことあるんだ」

今後は付き添うからね。お母さん、ごめんね。
posted by かず at 18:18| Comment(0) | TrackBack(0) | ありがとう・ありがとね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする