2018年07月11日

ありがとう・ありがとね㊱

平成27年9月25

日に日に体力が落ちてきている。

今後、苦痛のコントロール及び、いつ何があっても対応できるように、往診診療へ切り変える。

私だけ風連国保診療所の松田医師を訪ねる。
診察室へ入るなり笑顔で「こんにちは。市立病院から紹介受けてますよ。さあ〜 いつ伺いましょうかね?僕はいつでもいいですよ。今、痛がってないですか?」と第一声。あれこれ質問全くなし。

救われた気がした。患者、家族が今どんな気持ちでいるのか、相手の気持ちに寄り添ってくれている。

1、疼痛緩和ケアできるのか?鎮痛剤は何を使うのか?
2、看取りをしてくれるのか?
3、急変時対応してくれるのか?
4、24時間サポートしてくれるのか?

私が心配していたこと全てクリアー。よし、この先生にまかせよう。
往診診療を引き受けて下さった松田医師に感謝します。
母の望みを叶えることができる。みんなに感謝します。

帰宅しさっそく父と母に報告すると、とても喜んでくれた。
アイスクリームをおいしそうに食べている母をみて、

食べることは生きることだね。母をみて本当にそう思う。

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2018年06月08日

ありがとう・ありがとね㉞

平成27年9月14日

旭川厚生病院 乾様にも連絡する。
状態報告と往診診療に切り替え、在宅で看取ることになると思うことを伝える。
「僕は賛成です。お母様幸せです。家が一番なのです。でも登録は抹消しませんので何かあればいつでもご連絡下さい」

私自身に何かあった時の事を考えると、短期入院もできるため安心だし、ありがたい。

9/18 動くとこわく、頻脈となり、トイレ、洗面にも行けずベッド上の生活となる。
ベッド上では動いている。
ベットサイドに足を降ろし、食事、テレビ、新聞、足踏みなどしている。
臥床すると、すぐにスヤスヤ眠ってしまう。
低残渣食にしてからも腹痛なく過ごせている。
発熱がないのは奇跡。

便、ガスは尿に混じり、膣と尿道カテーテルから出るため、泌尿器科医師の指示の下、膀胱洗浄を行いカテーテル閉塞に努める。
「カテーテルが閉塞しても、膣から漏れるのであまり神経質にならなくて大丈夫」と泌尿器科の医師が言ってくれたが、カテーテル先端の穴から出られない食物残渣や便は、膣から漏れ出る。便はたちまち、ただれが生じ、皮膚トラブルをおこしてしまう。皮膚にワセリンを塗布して膜を張らせ皮膚状態をみていく。

ヒデも介護食のレトルト食品を「一品にして」とあれやこれや、母の好みそうな物を豊富に買って来てくれる。
「この間の美味しかったから、またお願い。その前のは味しないと思ったら、赤ちゃんの離乳食だったわ、あれはダメだわ」と感想と好みの物を伝えている。

在宅だからこそ経口摂取ができる。病院なら絶飲食で24時間点滴だ。
しかも高カロリー補液で、身体に負担がかかり苦しむ。
食べたい気持ちと、食べたい物もある。すごいね、お母さん。
尿量も日に日に増量ある。すごいと言うか、どうなっているのかわからない。
どこにそんな力が?
各自が母を思い、自分の出来る事をしている。素晴らしい。母に伝わっていると思う。
母もみんなの思いを受け止め、頑張ってくれている。

私は自分のやりたい事をさせてもらっているのに、母からも皆からも感謝の言葉をいただき幸せ者。
旭川の皆は大村先生と母を思い、心労と疲労が重なっていると思う。体調大丈夫かが心配。
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2018年06月02日

ありがとう・ありがとね㉝

平成27年9月15日

父と母に往診診療への変更を話してみる。
「これから寒くなるし、病院受診したら半日はかかるし、風邪をもらったりして、お母
さんの身体に負担がかかる。今は特別な治療もしていないから往診診療に切り替え
てみたらどうかと思うんだけど、どうだろうか?
先生と看護師さんが往診してくれて、管も交換してくれるし、薬も出してくれるし、
検査は採血くらいしかできないけど、希望すれば先生に話して市立病院にもかかれる
し、家で療養出来るから、お母さんには、いいかなと思ったんだ」

「そんな事できるの?そうしたい。みんなに迷惑かけるけど、家が一番いい。病院行く何日か前になったら、行けるかな?と憂鬱になるんだわ。安心したわ。良かった」と喜んでくれる。
父も「いいんでないか」
そう言えば、受診日が近づいて来ると「あ〜 病院だね」といつも言ってたもね。
文句一つ言わず、頑張ったね。

9/14 義博兄からお花でも送ろうかとラインあるが
「お花はいらない。手のかかる物はいらない」

尿量、日に日に増量ある。

9/16 今後、病院受診は身体への負担と苦痛を考えると不可能。
   母の意思を尊重し在宅療養を続けるため、往診診療に向け動く。
私だけ受診し各主治医と面談する。
婦人科医師:「一時は目を見張るほど元気そうだったけど、やはりね。
頑張って顔みせてくれたよね。僕は賛成です。
お母さんにとってはそれが一番いいことだと思います。
手紙、他データー早急に送っておきます。
もし当院に救急搬送された場合でも、誰がみてもわかるように、カルテに
延命措置はしない。苦痛の緩和優先と書いておきますからね」
低残渣食で食べていいと言って下さる。

泌尿器科医師:「お母さん幸せだね。良くみてあげてくださいね。
       往診になっても、すぐに間に合わないような事が起きた時は来て下さい。山下先生(もう1人の医師)にも言っておくからね。
       先日の受診の時に厳しい状態になって来ていると思ったけど残念だね。
       お母さんとは20年以上の長いお付き合いだからね。
優しいお母さんで僕はいつも励まされていたんだよ。
洗浄の道具も、いつでも取りに来ていいですからね」

各主治医とも快く、往診診療を賛成して下さった。
ありがたいことに母だけでなく私にまで労いの言葉を頂いた。
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2018年05月26日

ありがとう・ありがとね㉜

平成27年9月12日

大村先生容態悪く一条病院へ緊急搬送。
大村先生危篤

和彦兄へラインで伝言頼まれる。
「明日は治療いいから、朝少しでもゆっくり寝てなさい。大変だけど大村先生をよろしく頼むね」

依然、尿出ない。昨日朝〜今朝6時までの尿量300ml(24時間尿量)
下半身は像の様に浮腫著明。胸水貯留の症状は出ていない。
母が欲しがる時だけ、水分と低残渣食を食べてもらうが腹痛の増強はない。
夜間は苦痛なく眠っていた。

痛み、苦痛ともに、この程度が維持できれば、まだ家で過ごせそうだ。

夜、義博兄治療。(京美ちゃん、羽ーちゃん)

本来なら、旭川を離れられない状況なのに、ありがとうございます。

9/13 12日朝から13日朝までの尿量200ml。(24時間尿量)
食事、水分摂れているが、食後2〜3時間で腹鳴と共に腹痛が出現する。
しかし食欲があり「おいしい」を連発して食べる。

お母さん、すごいね。
病院受診せず食事摂取? 母の意思、求めるままでいい。
今後、高熱が繰り返えされるだろう。もう永くはないだろう。
自然に従うだけだが、そろそろ鎮痛剤使用の時期か?
準備だけでも整えておかなくてはならない。早く往診診療に切り替えなければ。

9/14 13日朝〜14日朝までの尿量850ml。(24時間尿量)
浮腫変わらないが、少しホッとする。

泌尿器科再診。カテーテル交換する。

下半身の浮腫が強く、靴やサンダルが履けず、ヒデがこの日の為に買って来てく
れた靴を履き送り迎えもしてくれた。
歩行は無理で院内は車椅子を使用した。
「靴、軽くていいわ。履きやすい。ヒデちゃん何でも上手に見つけてくるね」

母は口にしないが、知人に車椅子姿をみられるのは嫌だったろう。せつなかっただろう。
お母さんごめんね。もう受診しなくてもいいようにするからね。
このまま家で過ごすためには、在宅で何かあれば往診してもらえる往診診療に切り替えなければならない。
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2018年05月17日

ありがとう・ありがとね㉛

平成27年9月10日

尿量減少し下半身の浮腫が出てくる。
尿道留置カテーテルからの尿に便が混じっている。
   一時的に腹鳴(ゴー・ゴー音)あり、その際に腹痛伴う。
   特別こわくない。発熱ない。

ついに直腸ともつながってしまった。カテーテル閉塞に注意。
尿量↓と浮腫↑は見た目以上に全身状態が悪いと思う。急変あるかも?
母の意思を尊重し病院受診せず、このまま寿命に任せる。
あえてバイタル測定しない。
そろそろホスピス?鎮痛剤使用時期?
兄達も心配でどんなにか辛いだろう。一目顔をみたいだろう。

尿量少なく、電話で兄が伝授してくれた胸椎12番と腰椎1番あたりにある硬いしこりを軽くさする。毎日行う。「気持ちいいわ」と眠ってしまう。

9/11 水分は欲しがり飲用するが、飲水に伴う腹痛出現なし。
夕方、膣からの尿漏れにも便が混じっている。

やはりつながってしまった。
苦痛が自制内であれば、このまま様子みるしかない。

下半身は浮腫で像の様。発熱、痛み、喘鳴、咳、呼吸苦はない。
たまに、ゴーという腹鳴がありその時に痛いだけ。
やはり病院受診は拒否。「家がいい」と。

痛み、苦痛がなければ母の意思を尊重し、受診しないで自宅で過ごさせてあげたい。
posted by かず at 22:32| Comment(0) | ありがとう・ありがとね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年05月12日

ありがとう・ありがとね㉚

平成27年9月6日

 和彦兄治療。(お姉さん同伴)
治療後「咳一つも出なくなったわ。楽だわ」
お土産の抹茶お菓子を「おいしい・おいしい」と食べる。

この日以降、大村先生の病状が悪く治療はできず過ごす。

9/7 谷内科クリニック定期受診。(心エコー検査を行い採血の結果を聞く)
「心臓のポンプ作用はしっかりしていて拍出力も十分あるし、心不全もない。
胸水もなし。肝臓、腎臓、コレステロール、血糖値も正常です」
「こうして長く座って居たらこわいです。食欲がない時は栄養ドリンクを飲んでいます」
「いいことだね。街で買うと高いから処方してあげるね。何種類か出しておくから次の時に好きなのを教えてね。
下痢や吐き気がして食べられない時やこわい時は、予約外でもいつでも点滴しにおいでね。大事にしてまた顔みせてよ」

まあ、どこへいっても優しい言葉と良くして下さる。
お母さんの人柄だね。闘病生活の中でも力づけられ、気持ちが軽くなるね。
また来れるといいね。

9/8 腹痛出現。持続的でなく、一時的で周期的にくる。一切経口摂取できない。
「ずっと痛いわけじゃないから我慢できる。明日になれば治るかもしれないし病院は行かない。そうしてお願い」
兄達、父とも相談し母の意思に任せる事にする。
夜間は腹痛なく眠れていた。

病院受診すれば確実に入院となり、もう帰って来られないだろう。
母こそ誰よりもわかっていると思う。

9/9 腹痛なし。2日ぶりに排便、ガスもいっぱい出る。
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2018年04月21日

ありがとう・ありがとね㉙

平成27年9月2日

 室内でストック杖使い始める。

9/3 谷内科クリニック受診。前日採血し帰宅。

9/4 父がここ数日、立ちくらみとめまいがすると言い、病院受診し検査をする。
(採血、心電図、胸部X-P)全て異常なしとのこと。
浅井医師「特に異常がみられないので、薬も出せません。めまいがする時は横になって安静にして様子みると言うように、うまく付き合っていくしかないです」

父なりに心労も重なってきているのだろうが、誰にも話せずストレスを抱えているのだろう。
病院のフードコートでお茶をしながら、しばらく父なりの心配事やストレスに感
じていることなどを聞いてみるが「特にない」と。

父は誰にだったら心を開くのだろう。悲しい。見守るしかないのか?
父と私、お互いに信頼関係がもてないからなのだろう。

私の存在が父を介し、母を苦しめているのかもしれない。だとしたら母を苦しめているのは私自身なのか?私の心と気持ちが穏やかでなければならない。
母の望みだけは叶えてあげたい。
とりあえず、父には何事も我慢・我慢でいくしかない。

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2018年04月14日

ありがとう・ありがとね㉘

平成27年9月

母は自分の体力が落ちてきていることを自覚し、きちんと受け止め、今後の家族への負担を考え、入院するしかないのかなと考えたのだろう。
今一度、家族の真意を確認したかったのだろう。
そんな思いをさせてしまったのか。

父にはもう少し優しい言葉で言ってほしかった。思いが伝わらないよ。
しかし、「居ればいい」と言ってくれたことには感謝しなければならない。

ストレスのかかるこの状況の中ででも、この家に居たいと言っている。
私は最近、特にこの状況下での在宅療養は本当に良いのか?母にとって心の休まる最善の療養場所はどこかを考える毎日であったが決心した。
思い出のいっぱいつまったこの家で母が穏やかに療養し、家族と一緒に人生を全うすることができるべく力になる。
入院を選択していたとしてもすでに今世にいない。
和彦兄と義博兄の治療がなければ確実に今世にいない。
在宅だからこそ、今があると思う。

母を傍で見ていられることは、何よりも安心なことだし癒される。
これは父にも言えると思う。
以前、母は「入院はさみしいよ」と言ったが、それは家族にも言えることだ。
顔を見ないと心配で不安だし、さみしい。
よし、これから私が出来ることを感謝に変え、感謝を伝えながら援助させてもらおう。

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2018年03月24日

ありがとう・ありがとね㉗

平成27年9月

母なりに飲食できている。「何でもおいしい」
咳時々。腹痛なし。脈拍80台前半。
良い日と悪い日と日々変動ある。

民謡が好きな友達に電話をしている。「民謡入ってるよ。テレビ観てるかい?」
行動範囲は徐々に落ちてきている。
トイレがやっとで、洗面台の所で休まないと戻って来られない。
しかし常に感謝の言葉を口にし、我儘や依頼心なく頑張っている。
「休み休みすればできるんだよ。ありあとう。ありがとね」

母は頑張っている。依頼心なく出来る事は自分でと。
普通は思いどおりにならない身体にイライラしたり、口調が荒くなったり、困らせる事を聞いてきたり、反抗的になるものだ。
しかし母には教えられることばかり。
常に感謝の言葉を口にし、我儘など一度も言わない。
母の口から「ありがとう・ありがとね」の言葉が出てこない日はない。
自身の日々の変化をきちんと受け入れているのだろう。

父に対して、ストレスを感じている言動がみられ弱気になっている。
父なりに心配していると思うが、マイペースで言葉が優しくないので、思いが伝わらず、逆に悲しませる結果になってしまう。
父の前では、声がかすれ小声になったり、殆ど食べなかったりする。
父の言動に対して、母の無意識での抵抗のあらわれなのだろう。
ストレスは計り知れない。

私に付添われ、やっとトイレから戻って来た母に、父が「こわいのか?」きつい口調で母に言う。
母が大きなため息をついて「お父さん、私みんなに迷惑かけるから入院した方がいいだろうかね」
しばらく無言で「居たいなら居ればいい」と言う。
「みんなに迷惑かけるけど、このままがいい。家に居たい」肩を落として下を向いて涙をためている。
「お母さん、お父さんも居たらいいと言っているよ。ここで一緒に過ごそう。一緒に居よう」
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2018年03月17日

ありがとう・ありがとね㉖

平成27年8月27日 退職。

東病院の皆様、入院中の患者様、ご家族の皆様に心から感謝です。
   いろいろ勉強させていただきました。
   これからの母の介護に活かせること事ばかりです。
   受け持ち患者様に挨拶に行った時、涙を流しながら感謝を伝えて下さり、身体を
大事にするようにと言って下さったこと、気管切開をしている患者様が大きな口を開け、ポロポロ涙を流し、ギューと手を握って下さったこと、ご家族の方からも感謝の言葉を頂いた事忘れません。また貴重な思い出が増えました。
スタッフからも、お餞別、お手紙、労いの言葉を頂き、私と母にまでもお花を
いただきました。幸せ者です。
ヒデも「悔いのないように頑張ってね。全面的に応援するよ」と言ってくれた事
に恥じぬように精一杯できることをさせてもらいます。

退職にあたり皆に心配をかけてしまうけど、悔いのないようにゆっくり余裕を持って少しでも力になりたい。
幸せな事にそう出来る環境にあるから。

8/27 食事、台所、トイレへ行くだけで、こわくなり横になっている。
寝ていることが多い。
時々、上腹部に痛みあるが「長くは続かないから病院は行かない」
もうお正月の心配をしている。
徐々に動けなくなって来ているが「出来る事はするんだ」と頑張っている。

お母さん、偉いね。これから、ますます体調に日々変動あるだろう。
でも家に居られて嬉しい。お母さん、みんなありがとう。
お父さんも心配事や不安な事や思いを話してほしいし、話してもらえる存在でありたい。

8/28 義博兄治療。(孫の羽龍同伴)
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2018年03月09日

ありがとう・ありがとね㉕

平成27年8月18日
体温36.6℃、脈90回/分、咳↓「今日は楽だ」

8/21 泌尿器科再診。定期のカテーテル交換。

8/23 和彦兄治療。「日に日に楽だ」

8/24 食欲旺盛で「何でもおいしい」起きていられる時間も長い。
「あんた仕事辞めたら台所と私の部屋と2階のガラクタ整理してね。スッキリしたいの。要らない物ばかりなんだ。お父さんは要らない物、何でも私の部屋に持ってくるから、寝てても目に入ってあずましくないんだ」

ADLは徐々に低下してきている。食事、トイレ、洗面へ行くだけがやっと。
行くだけでこわくなり、すぐ臥床しなければならない状態。

私が夕方帰宅し行ってみると、トイレ前(上半身は廊下、下半身はトイレ内で)で横たわったまま動けなくなっていることがあった。
手足も冷たくなり唇も紫色になっている。
「お帰り。あんた来てくれて良かった。お客さんが入って来て見たらびっくりするね。あんた来てくれて良かったわ」どうにか居間に戻り臥床する。
「私こんなんだけど、着替えや歩き方は、おじいちゃんより私の方がずっと上手だわ」
確かにねと2人で大笑い。
父は午後から一度も家に入って来ないとの事。

いつから動けなくなっていたのだろう。お母さん、辛かったね。寒かったね。
父は相変わらずマイペースで母を気遣うこともないのか。

そういえば、私が帰宅し行ってみると、家中真っ暗い中に、ひとり寝ている時もあったなぁ。こわくて電気もつけられなかったのだろうと思う。
父に母が動けなくなっていた事を話し「午後1回大丈夫かと声をかけてあげてほしいんだ」とお願いするも
「お前は俺が遊んでいるとでも思っているのか?俺だって忙しいんだ」

それどころか母に「おまえ洗面台の蛇口をもっときつく閉めれや。いっつもポタポタ出てるぞ。気つけれや」ときつい口調で言う。
「お母さん気にしない、気にしない」

こんな事しか言えない。お母さん、ごめんね。
当然握力も弱くなって来ているのに。
トイレから戻れないほど衰弱して来ている母をひとり残し、自分はマイペースを貫き、協力どころか、母が邪魔者のような言動を繰り返し、気遣う言葉さえかけず威張っている。辛いね、お母さん。それでも家がいいなんてありがとう。
口答えもせずストレスがたまる一方だね。
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2018年03月03日

ありがとう・ありがとね㉔

平成27年8月9日

 和彦兄治療。(お姉さんも同伴)

8/11 表情良い。家で過ごせることを皆に感謝している。
   お盆の生寿司「せっかくだから、美味しいのとって食べよう」と特上とさらに母が嫌いなネタを変更して注文する。
「兄ちゃん、恵民ちゃん、ありがとね」と嬉しそう。

8/15お盆 和彦兄治療。
   夕方、義博兄一家も来る。
   お姉さんも仕事終了後JRで来てくれる。
   母も皆と同じ食卓で、羽―ちゃんとくっついて生寿司などおいしそうに食べる。

大村先生も心配な状態なのにありがとうございます。
まやちゃん、どんなにか心細かったことでしょう。ありがとう。
弘子さんありがとうございます。

お盆、微熱と咳が出ていたが、皆で楽しく過ごす。和彦兄の治療も連日受ける。

8/16 和彦兄治療。

8/17 「兄ちゃんにメロン食べてもらうの忘れた。失敗した」と悔やんでいる。
体温37.3℃、微熱傾向。脈90回/分。咳聞かれない。体力は低下してきているが自分なりの四肢の運動(上肢の屈伸、グーパー)などしている。

きっとお母さんと一緒のお盆はこれが最後だね。
和彦兄夫婦のお心遣いにより、母の大好物の特上の生寿司を注文し、お刺身、オードブル、義博兄夫婦からの鶏の半身揚げなど、お母さんの大好物ばかりだね。
皆と食事し、その後横になり皆のにぎやかな姿を眺めている。何を考えているのかなぁ。
疲れたろうけど、皆が揃った幸せな楽しいお盆だったね。
大村家も上田家以上に大変な中、ありがとうございました。
思い出に残る時間をもたせて下さった皆さんに感謝します。
posted by かず at 17:45| Comment(0) | ありがとう・ありがとね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

ありがとう・ありがとね㉓

平成27年8月6日 

婦人科再診。
「先生、いつもお腹痛くないかい?と聞くけど、痛くなるんだろうか?なんも痛くないんだよね〜」

「同じ病気でも人それぞれ症状は違うし、痛くなる人もいるから聞くんだよ。
お母さんは、治療を受けているし、家で普通の生活してるから、それも痛くなりずらい要素だと思うよ。まあストレスはあるけどね。痛くなればその時考えればいいのさ」

「私もそう思う。治療してもらっているからだと思う。確かに入院してベッドの上にいたら痛くなるかもしれないわ。今の所は痛くなる気しないもね」

ADLの低下に伴い、今後介護サービス、レンタルベット、一時的にでも往診診療の利用
が必要になると考え、父と母にも了解を得て介護申請する。
(後日要支援2と認定受ける)

8/7 楽な日が続いている。家事も掃除以外している。動いた後でも脈100台。

外出する。美容室へ行きカット。
「すごく短くなったね。男みたいでないかい?」

その後イオンでラーメンを1/3くらい食べる。
「カットして綺麗になったし何か服でも買おうか?」
「要らない。着る物あるも。今は服に興味な〜し。あんた買いなさい」
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2018年01月27日

ありがとう・ありがとね㉒

平成27年8月

特別苦痛はないが、少々の家事をしながら「とにかく横になると眠ってしまう」と
ほとんどソファーで口を開けてカー・カー眠っていることが多いが、比較的楽な日々を過ごす。
休み休みだが洗濯や簡単なおかずを作ったりしている。
「少しの洗濯に半日もかかるんだよ。こわくなったら横になりながらだも、嫌になっちゃうよね。でも半日かかっても出来るからいいわ」
盆提灯も出して飾ってあった。
「午前、午後と昼寝して横になっている方が多いんだ」
安静時の脈拍80台、体動後でも脈拍100台。

母は前のように出来なくなったと嘆くより、まだ出来るからいいわと考える。
すごいなぁ〜。

8/2 義博兄治療。3食とも食べられる。咳たまーに聞かれる。

8/4 暑さにも負けず比較的楽な日々。
「楽な方だよ。でも掃除はできないわ。動いてはこわくなり横になるんだ」

それでいいし、それどころか、この状態十分すぎる。
父はマイペース、何も聞いてこない。どう思っているのか。
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2018年01月20日

ありがとう・ありがとね㉑

平成27年7月30日

ほとんど臥床して過ごしているが「楽だよ、こんなもんでしょ」
父が外に出ると起きて新聞を読んだり、おやつを食べたり、縫物をしたりしている。休み休み軽い家事もこなしている。

日により体調に変動がある。父の言動も影響しているのか?
でも眠れることや、少しでも動くことが出来るのはありがたい。

朝の様子によっては、こんな母を残して仕事へ行かなければならないのかと思うと、
やりきれない。涙を流しながらの出勤ももう少しだ。

しかし母と過ごせる時間はどれくらい残っているのかなぁ。
何があろうと母と毎日顔を合わせられる環境が幸せ。私は一番恵まれている。

兄ちゃんとよっちゃんには勿論だけど、名寄行きを許してくれるお姉さんと京美ちゃんにも感謝。
お母さん、少しでも長く家で過ごせるようにサポートさせてね。

治療を受けると脈拍、咳、倦怠感が軽減し食欲旺盛となり、表情が良く元気になり2週間は楽に過ごせる。脈も130〜140回/分→70〜80台と安定する。

治療のすごさ痛感。
母の前向きな姿勢に尊敬。
教えられることばかり。ありがたい。

母を安心させる父の優しい言葉がほしい。
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2018年01月13日

ありがとう・ありがとねS

平成27年7月26日 和彦兄治療。(まやちゃん同伴)

「治療後、脈60台に落ち着いた。治療もうまくいったので少し落ち着くのではと思う」

治療後、ソーメンサラダを「おいしい」と食べ、1時間程まやちゃんと談笑したと聞く。
帰宅後行くと、今日のことを嬉しそうに話してくれた。

夕食もモリモリ食べる。食欲にムラはあるが。
でもこれで十分。体が求めるまま、それでいい。十分すぎる。
家で過ごせるのがありがたい。
いつものことながら治療の凄さ痛感。治療のお蔭です。

7/27 出勤前に顔を出すと、トイレ、洗面を済ませた体動後だったが脈拍106回/分
「少しこわいけど、昨日までのこわさとは違い楽だ」
帰宅後行くと
「昼は食べたけど、夕は食べたくないからアイスクリームとおやつを少し食べた」
「食べたい時に好きな物を食べればいいんだよ」
脈90台。

7/28 トイレ、洗面を済ませ臥床しており脈拍94回/分、咳たまーに出るくらい。
「朝ごはん食べれそう。あったかいご飯とたらこで食べるんだ」
  
遠隔治療中から終了後も、鼾をかいて寝ている。
起きてから朝食「おいしい」と言いながらモリモリ。
夕食もモリモリ。
「横になっているとそれ程こわくないし、すぐ眠ってしまうの」

7/29 夕方帰宅すると、外で腰に手を当て深呼吸している。
「1日中楽だったんだよ」と洗濯もしてあり、テーブルに夕食の準備もしてある。
「お花に水をあげたり、座ってスイカを切っただけで、こわくなって横になるんだよ。そしたら寝ちゃうのさ」と困った顔をしている。

「早く元気になりたくて焦る気持ちはわかるけど、なんでも頑張ってしなきゃと思うのは疲れるよ。頑張ってたくさん食べなきゃとか、頑張って動かなきゃとか、こわいけど、眠たいけど頑張って起きてなきゃとかね。長い時間かけて病気になったんだから、回復するのも同じくらい時間がかかるんだ、くらいの気持ちで、身体の命令に従って無理しないで出来る事をしてればいいんだよ」

「そうだよね。ありがとう」
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2017年12月16日

ありがとう・ありがとねR

平成27年7月23日
父の心無い言動にかなり辛い思いをして、情けなく頑張る気力さえなくしているようなネガティブな発言が多い。元気をなくすことが多い。

父「周りがみんなしてチヤホヤするから、ばあちゃんもその気になって寝てばかりいる
んだ。おまえも気力で治す気がないんだ」と母と私に向かって言う。

どんなにか悔しいだろう。死にたくなるだろうと思う。
父の声掛けや優しい言葉が一番の薬なのに逆にストレスを与え悲しませることばかり。
まだ母の病状を受け入れていないし、受け入れようともしない。
8歳も年下の母が先に逝ってしまうことなど考えもしなかっただろうし、認めたくないのだ。現実逃避。
父とトラブルだけは起こさない。母に影響を及ぼす。我慢。

7/24 泌尿器科再診。尿道カテーテル交換する。
   前日友達と病院で会う約束をしていたと、待っていてくれた友達と待合室でおしゃべりをする。
   鴇沢さんと偶然会う。
「鴇澤さん終わるまで待ってて、帰り一緒に車に乗せてあげたい」

自分も待合室が空いてきたら横になりたいくらいこわいのに、人の心配ばかり。
放ってはいられないのだろう。

7/25 夜帰宅後顔を出すと「こわいの」と座っている。
   頻脈と不整と強弱が激しく、脈拍の数値測定出来ない。(多分140回/分前後)
すぐ安静臥床させ、深呼吸とリラックス促し、3〜5分程で徐々に脈拍90台となり落ち着く。
「あんた来なかったら死んでたかもしれないわ。胸に重たい物がのってるみたいで苦しかったし、息も苦しかった」
「そういう時は、すぐ横になってね」とは言ってみたが。

母は苦しさと不安と恐怖で、じっと臥床などしていられなかったのだろうと察する。
脈拍をとりながら、このまま治まらなかったら救急車か?と頭をよぎった。
やばかった。

ここ2週間くらいの間でADL↓、長時間座っているだけでこわくなり、臥床時間が多くなってきている。
PSに当てはめるとグレード3 余命1ケ月くらいか?
急変は勿論、お盆までもつだろうか?
想定内とはいえ6月が奇跡だった。

父へのストレスも重なり弱気な発言が多い。
病状は進行しても心は穏やかに過ごさせてあげたい。
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2017年12月09日

ありがとう・ありがとねQ

平成27年7月9日 婦人科再診。
   こわそう。待合室の椅子で横になって順番を待つ。
先週末頃から、倦怠感と食欲低下と咳と労作時頻脈症状が出ている。

今のところは安静にしていれば落ち着く。
自宅で食べたい時に好きな物を食べられるだけ食べ、こわくなったら横になる。
この生活でいいと思う。

7/19 和彦兄治療。(お姉さん)
「また腹膜が骨盤内膜に引っ張られている」

朝、治療後から頻脈が治まり、咳が出る頻度も減る。
昼食から食欲が出る。「お腹空いた。あ〜おいしい」と久々に聞く。
さらに、お土産のゼリーを早速おいしそうに食べる。
夕方には「楽になった」と。
夕方に咳き込んだくらいで咳も出なくなる。脈拍90回/分
夕方、和彦兄へ母の様子をメールする。
和彦兄「明日はもう少し脈も安定すると思う。筋膜系は落ち着くまでに時間がかかる。お腹が空いたのは腹膜のつっぱりがとれてきたから」

7/20 「昨日からみたら、動いた後もすごく楽でドキドキしないし、こわいのも半分だ。
食べたい気もある。いやしいんだね」
   脈拍、安静時で80〜90台、動いても100台、咳↓、食欲↑。

7/21 和彦兄治療。

7/22 「日に日に楽。起きていられるようになった。家に居られることと、治療を受け
られることが幸せだ」

7/23 和彦兄「だんだん落ち着いてくると思う」
洗濯などしてある。咳時々。
しかし、父の言動で悲しむことがしばしばある。

洗濯、そんな気になったなんてすごい。

いつも治療のすごさ目のあたりにする。
病院なら対症療法だ。それにより余計苦痛が増す。
道具を必要とせず、楽にしてあげられるなんて、凄すぎるし素晴らしい。
皆それぞれに、自分の出来る事でサポートしてくれている。
休みを返上して来てくれる兄達、ずっと休んでないなぁ。ありがとうございます。
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2017年12月01日

ありがとう・ありがとねP

平成27年6月30日
旭川厚生病院緩和ケア病棟申し込みする。私だけ受診する。
ソーシャルワーカー 乾 様と面談し緩和ケア病棟を見学させていただく。
   緩和ケア病棟入院判定会議で受け入れを検討し後日結果を連絡しますとの事。

6月は奇跡的に楽に元気に過ごせた。臥床も少ない。
贅沢を言わせてもらえるなら、現状維持ならいいなぁ。他に望む事ない。
正直、お盆までもたないと思っていたのにありがたい。
兄ちゃん、よっちゃん、ありがとうございます。
治療中の兄達とのおしゃべりも母にとってストレス解消になっていると思う。

平成27年7月6日
旭川厚生病院緩和ケア病棟登録となる。
ソーシャルワーカー 乾 様から連絡あり。
「入院についてはご連絡いただいて、1週間程度でベッドをご用意出来ると思います。患者様にとって家に居られることは一番です。
連絡が来ない事を祈っていますが、何かあればどんなご相談でも力になります。
いつでもご連絡下さい」

母に関わってくださる方は優しい方ばかり。ありがたい。
母を通じて、いろいろな方々との出会いがある。

7/8 婦人科の前日採血のため病院受診。
「仕事休ませてごめんね」

もう何度も言わせてしまった。私こそ気を遣わせてしまってごめんね。
特別治療を望んでいない状況下では正直、採血なんてもう要らない。体調が悪い人が受診するのがどんなに辛い事か。
しかし母は愚痴や文句など言わない。
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2017年11月17日

ありがとう・あいがとねO

平成27年6月11日 婦人科再診。

   「動くとこわいですけど、特別変わりありません」

6/12 義博兄治療。

6/16 5月からずっとあった下半身の浮腫がほぼ軽減し調子良さそう。表情良い。
   遠隔治療時「兄ちゃんには悪いけど熟睡してしまう。ビワミン続けたい。良く眠れるし便通も良くなった。杉之下さんにお礼言わなきゃね。調子いいのはみんなのお蔭。ありがたい」

6/18 体調良く、友達との集まりに向けて、家周辺を歩いたりしている。
動いた後は疲労感強く臥床する。
皆に感謝しており、言動からやる気も伺える。

「みんなと食事に行く時、おしっこ臭くないかい?」と気にしている。
ヒデが介護用品売り場でみつけて来てくれた消臭スプレーと香水と尿袋に下げる消臭具をとても喜ぶ。

ヒデは何でもすぐ対応して母を安心させてくれるのでありがたい。
「みゆの兄弟はすぐに情報交換して協力し合い素晴らしいね。ただ、お兄さん方の身体が心配」と言ってくれた。

6/20友達と外出
(ヒデの送り迎えで、イオンフードコート内のラーメンを食べ、マックのコーヒー
を飲みながら、おしゃべりしたと聞く)
「楽しかったよ。すーさんはラーメンが大好きなんだけど、みんなパンを食べるから遠慮してラーメン食べないから私が付き合うんだ。おいしそうに食べるよ。
ラーメンのお兄さん、番号呼ばないで親切にテーブルまで持って来てくれるんだよ。私とすーさん危ないと思ってだね」など嬉しそうに、いろいろ話してくれる。

外出、そして友達とおしゃべり、奇跡。 良かったね。お母さん。頑張ったね。

6/21 和彦兄治療。

6/26 義博兄治療。

6/29 夕食にかき揚げを作ってくれていた。

こんなことが出来たのかと思うと嬉しい。
よほど体調が良かったのだろう。結構な重労働なのに。
しかし、いつ食べてもサクサクしていて美味しい。
多分、これが最後のかき揚げだろう。お母さん、ありがとう。
兄ちゃん、よっちゃん、旭川のみんなにも食べさせてあげたいなぁ〜。
私だけごめんね。
posted by かず at 18:55| Comment(0) | ありがとう・ありがとね | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする