2013年02月12日

光の射す方へ140〜一滴の水 by希望



 人がこの世に生を受けた瞬間から始まる受容の旅。授かったこの命を引きうけ、深化して引き継ぐ旅。
いつだって「今 ここに 在る」不思議の連続。「当たり前」じゃない「また」はない一方通行の旅。
 けれども、私はよく錯覚を起こす。この毎日がずっと繰り返し続くような気がして見落とした宝物が沢山あった・・・。

関わりの中で。
まなざしの中で。

日常の幕を破って今に飛び込む覚悟を迫るのは、
ときには喪失が錯覚を暴き立て、
ときには日常の中に同居している静けさが
かけがえのない時間を教えてくれる。

SH3I00150001.jpg【校庭の桜】

 地面に根をはり、天に向かって成長し枝葉を繁らせる桜のように
私は いま ここで 、春には花を咲かせようと 風雪に堪え希望の芽を温めているだろうか?

大きないのちの繋がりの中にいる私 変わらぬいのちの営みの流れ。

「水急不流月(みずせわしくてつきをながさず)」
水の流れがどんなに急でその一滴が些細でも、月は川面を照らし続ける。

水も月も、わたしの姿を映している。

今ここにしか存在しない瞬く間の経験が掬いとられ、エネルギーが姿を顕わす
霜柱1.jpg【グランドを持ち上げる霜】

氷花.jpg【氷花】

澄んだ空.jpg【澄んだ空】

水の変化はわたしの変化。
この月光に照らされた一滴が、校庭を数10cm持ち上げる力になる。立ち直る力になる。

風雪に堪え、春に向かう日々の営みが、満開の花を咲かせ、喜びを拡げる力になる。

幸せは 今 ここに在る。

2012年01月10日

光の射すほうへ139〜白き龍〜

「日々成長す心白き龍」

ブログを読んで、龍の優しく澄んだ眼差しをみなさんにもお届けしたいと思いました。

元日に届いたかず先生からの年賀状からは、平和の願いと新年の決意が、あたたかい肉筆と柔らかい色調の威厳に満ちた龍の眼差しに現れています。

白い龍3.jpg【心白き龍】

龍の瞳は、私に問いかけます。
「あなたは阿吽の生き方をしているか?」と。
私に与えられたいのちを、環境を、経験を心から受けいれて、生き抜いているか?と。

私の瞳は曇っていて自分の都合でものを図るけれど、空の手でまっさらな心に受けとろうとするとき、私の中の龍はきっと成長するんでしょう。

「流水、無心にして落花を送る」ように、
人との交わりにおいても邪心を捨て、相手を信頼してあるがままに関わりあいたい。

龍の瞳と自然の姿は、大きな摂理の中に立ち返らせてくれる。

今日も私は龍の瞳をそっと覗き込み、今、ここに生かされているいのちの不思議と、私の龍の成長を確かめています。

かず先生、絵力ってすごいですね(*^-^*)

ありがとうございます!

2010年12月18日

光の射す方へ138 〜追悼


半年間、ブログを書くことができなかった。

現在の私は、日々ストレスに強くなり、とてもたくましくなったけど、あの出来事のページを開くことを許すと、まだやり場のなかった感情がこんこんとわいてくる。



―「人は死んだらどうなるの?何故自分の意志で死んではいけないの?」
生きる希望を見いだせず、苦しみ続けて自殺を願う人に、正面切って尋ねられたら、あなたはどう答えますか?
どう応えることができますか?―


2010年5月末。自分を抹殺したいと願い続けた女性は、自らの意思でその思いを遂げたのかもしれない。

失踪後、半月経ってやっと身元不明のご遺体に名前がついた。

朝食途中の食卓は、何を語っていたのか?

ご遺体があがった状況は、万に一つの可能性としては事故かもしれないものだった。

彼女の肉体は自然に還った。

失踪数日前、最期となった彼女の話は、ほとんどが映画「地球交響曲(ガイアシンフォニー)」の龍村監督の本「地球のささやき」に記されたシャーリーマックレーンと一休禅師のこと、輪廻転生の話だった。


その事件の半年程前の2010年1月、鬱状態と不眠に憔悴しきった彼女の話をきき、私はこのブログの原稿を渡した。

彼女は一言一句そらんじるほどに、この原稿を読んでくれた。それから、ただの顔見知りだと思われていた私は、彼女の思いを分かち合う同伴者になった。

体調と感情の波、日々の生活の不安、生い立ち・・・
お茶を飲みながら、時には一緒に手仕事をしながら彼女が思いのたけを語り尽くすのに耳を傾けた。

強烈な痛恨、後悔、自責の念・・・。重く絡みきった鎖を解こうとして行きつ戻りつしながら語り尽くすと、毎回彼女の顔には光が射して血色と笑顔が戻っていた。

懺悔をしたかったと彼女は言っていた。私はただただ聴くことしかできなかったけれど、彼女自身が心を整理することで、一つ一つ荷物を下ろしていった。
私が教えているヨーガのクラスにも顔を出すようになり、身体が楽になると他の人がいるところでも笑顔が出るようになっていたけれど、体調が回復してきても、彼女は自分を肯定することができないままだった。

まだ気分が沈むときに、自分が他の人の邪魔をしていると思い込んで、他人と関わることに恐れが出て、クラスから足が遠退いた。

それからも、二人で話す時間は持ち続けた。
自己存在の健やかさは、こども時代に存在を受容され愛された経験の実感に深い関わりがあると思われる。彼女の生育歴は、孤独感と親子関係の不安定さに満ちたものだった。

「どうして希望さんは元気になれたの?」

問われるまま、私は思い至るかぎり言葉を選んで話した。
このブログの続きも話してみた。

会話をすると、生気が戻ってくるのに、また数日経つと孤独感や絶望感を増長しているのがみてとれた。

通院、服薬してはいても、治療に対しての不信感も大きかった。

「私がこうして苦しんでいることを、後悔していることを希望さんが覚えていてくれたら、それでいい。」
彼女は何度もそう言っていた。


彼女は自分の歩みを整理して、最期に一番受け入れがたかった母親の最期の思いを確認したかったのかもしれない。

自然の分子になることを彼女は望み、最期は澄みきった青空を眺めたんだろうと・・・私は思っている。

私は彼女の魂の軌跡を忘れない。
もうブログの執筆もヨーガを伝えることもできないような気がしたけれど、彼女が最期に私に言ってくれた言葉は「ありがとう」だった。

私は「ありがとう」と彼女から教えられた「生」をこれからも伝え続け、彼女の問いかけに応えようと思う。

SH3I00140001.jpg【絵「追悼」】

2010年05月19日

光の射す方へ137〜お猿の弟子〜 by 希望

 
樹々が木の葉を落としている季節はお猿の練習にもってこいですo(^-^)o
山ダニの心配もなし!どこにどんな体勢で子猿がいるのかも一目瞭然♪

のびゆく.JPG【のびゆく】

 地に根づき天に向かって枝葉を伸ばし成長する樹は、人の生きる道。風雪に堪え、移り行く歴史を年輪に刻み続け、未来に花咲かせ実を結んでゆくこの地の証人。静謐な佇いで辺りを浄化していく。

 新参者の私は大先輩に挨拶をしてから、枝に手をかけます。
はじめ恐る恐る樹に触れ子には、樹が信頼できる友であることを教えます。樹を物のように扱う子には、いのちある仲間への礼儀を教えます。樹に登るのは、身体を鍛えるためじゃなくて、いのちに寄り添い、大きな循環を深くしるためだから。理屈ではなくエネルギーを通わせあう感覚を、繊細で多感な身体と心で呼吸する体験は、私の記憶の底に根付き息づいている。

 もちろん、どの子にも、安全に樹上を満喫するための基本は教えます。死んだ枝と生きた枝の見分け方、自分の重さと枝の許容量の比較、安全なポイントの確保、移動時の身体の使い方、等。どんなにせがまれても、その子の能力を越えた高さに乗せてあげることは決してしません。登るより降りる方が難しいことと、自分の力量を知らなければ冒険はできないから。人手を借りずに自分の手足を使って、枝を掴み、幹に添って安定できる身体の感覚を獲得しなければ、木登りは危険だと私は思います。
 今はバーチャルの遊びが好奇心をくすぐっているけれど、それは知ってるつもり、できるつもりで楽しんでいることを自覚できている上ではいいのかもしれません。気軽に楽しめるレジャーは、疲れた大人と子どもにとって楽な気分転換。時にはいいけれども、根は伸びない。
 木登りは違う。困難にあって足が竦んでも、樹に触れることで大地に根を張った軸に立ち返ることができるから、揺れるけれどぶれない。
安定.JPG【安定】
木に身を委ねきって一体になる。宙にあっても大地と通いあっている安定感。
私達はいつでも樹と繋がっている。それはポエジーではなく、ズームアウトしてみえる世界。樹も人も呼吸を分かつことなく巡り合わせ、フィードバックしあっている関係だから。

 穏やかな活気に満ちて、猿の弟子たちが登りはじめた隣の樹を見下ろしながら、私は樹上で紅茶を飲みました。(*^_^*)

おさるの弟子たち.JPG【お猿の弟子】
眺め.JPG【眺め】
蒼空へ.JPG【蒼空へ】

2010年03月11日

光の射す方へ136〜ガリバー体験 by希望


サンキャッチャー.JPG【サンキャッチャー】

 雨上がりの朝。
おひさまのかけらが散らばるグランドには、休日も集まった、早起きの子供たち。

「おうちの人の許可がおりたら、今日はいつもより遠出できるね!」

「・・!きいてくる〜(^o^)/」

子供たちが散らばっていきました。

「いい!って〜」
「うちも〜!!」

息をきらした顔が戻ってきました。

「よし!出発!」
あっちふらり、こっちふらり、自由なテンポで、後光を放つ大雪山を横目に、丘を目指して歩き始めました。

 舗装道路から、小道に踏み入れたとたん、森の空気と粘る土に反応して身体が緩む。 
子供達の生命力に、ぐわんとスイッチが入る。
「すご〜〜〜い!!!みてみて!」

川のミニチュア発見♪(笑)
ミニチュア.JPG【ミニチュア】

何事かと集まってくる子供たち(*^o^*)

「忠別川みたいだよね!!」
ガリバーになった私の言葉で、子供達もでっかく空に舞い上がる。
大河の全容。
緩やかな流れを溯って中州を発見!
流れで削られた岸と対岸の川原・・蛇行を辿って登るとだんだん険しく荒くなっていく。
「これっ何?」
「ここの石はどうして滑らかなの?」
「だんだん石の形が変わるのはどうして?」
次々に投げかける挑戦的な質問に(笑)、科学者の卵R君は理路整然と説明してくれる。

雨がふり、地中に染みた水たちが、水を通さない地層にそって地表の一点に集まって湧き、流れおちながら分岐し合流し川を形成していく3D映像。
彼らの脳裏に映ったのは、天地をつなぐ壮大な雨のしずくの旅でした。
足元を濡らす泥水が、英雄になるガリバー体験。

知的好奇心を満たしきって、彼は足取り軽く山道を駆け上がっていきました。

 繊細な音楽を奏でる森。
指先大の静寂.JPG【指先大の静寂】

空に散る木の葉.JPG【空に散る木の葉】
歩を進めると、いきなり視界がひらけて、鳥瞰図が広がる。

ビッグ忠別川が優美な曲線を描いて地平線に消える・・・

普段の生活空間を、手のひらで隠せるガリバーたち。
おおきな空の下、私達は足を投げ出して紅茶を飲みました。

2010年02月10日

光の射す方へ135〜トム・ソーヤ達 by希望

 
季節は巡り、加速する朝晩の冷え込み。

寝静まった家に鳴り響く目覚まし。
布団の誘惑をはね退け、手強い塊に向かう・・・・
「おはよう!!」
(今朝はどうかな?)
もぞもぞ葛藤の末、ぬぼっと寝ぼけ顔が現われました。

「おはよう・・・」

防寒着を着こんで、外に飛び出しました・・・

小学校のマラソン記録会の時期、息子も朝のグランドに向かって走りはじめたのです。

 その頃、私は日課になっていたヨーガや気功に加えて、散歩を続けていました。
仕事をしてみて、嫌というほど思い知った自分の体力気力の限界。人にサービスをしたいなら、まず身体が資本!!

早寝、早起き、黙々と運動の習慣・・・
まって・・グランドを覗くのも面白そう♪(^O^)♪ある日芽生えた好奇心が、宝石箱に手をかけました。

 黙々と走る息子と友達。
私も一緒に走りはじめて数日・・・

秋のアルバム4.JPG【秋のアルバム】

あまりにも美しい朝の光景につい「グランドの外に出てみない?」なんて言ってしまって・・・・

そうして、山里散策のマラソンが始まりました。

志比内川探検。

朝の遊び.JPG【朝の遊び】

今朝は気に入りの散歩コースになっていた忠別川・・・
子供達だけでは行けない川原へご招待?!(笑)

早朝の光が優しい、昼間と別世界の川原。

石の朝.JPG【石の朝】

石きりの石も選び放題♪遊び放題!
澄みきった流れも、思い思いに遊ぶ子供達も眩しい。

澄んだ流れ.JPG【澄んだ流れ】石きり.JPG【石きり】

・・・携帯で時刻チェック。名残惜しいけど・・・

「そろそろ行くよ〜〜!(^o^)/」

ニコニコとグランドまで走る・・

「また後で学校でね〜〜〜」

発声練習を交わしながら、それぞれ笑顔で朝ご飯の待つ我が家へ・・・。

二度と戻らない物語を駆け抜ける子供達が愛しい。

 今は離れて暮らす少年少女達の細胞に、トム・ソーヤの記憶は残っているんだろうか・・・。


 誰の記憶も再生できなくなっても、川は今も時を流して進化し続ける。
共に深呼吸した細胞達の進化のように。

2010年01月05日

光の射す方へ134 〜ありがとう〜 by希望

今朝も目覚めた。ありがとう。

光が射してる。ありがとう。

あいしてる。ありがとう。

身体があたたかい。ありがとう。

小鳥が鳴いてる。静かな朝。ありがとう。

手足が伸びる。寝返りうてる。ありがとう。
息を吸う。空気が美味しい。ありがとう。

息を吐く。開放される。ありがとう。

鼓動が穏やか。ありがとう。

お腹が動いた。ありがとう。

今朝も歩ける。ありがとう。

おしっこが出た。ありがとう。

手足ぶらぶら、血が通う。ありがとう。

今日もヨーガ。ありがとう。

家族の寝息。ありがとう。

しーちゃんとはる。ありがとう。

お水が美味しい。ありがとう。

出会ったみ〜んな。ありがとう。

今日会うみ〜んな。ありがとう。

いのちの輪。ありがとう。

いのちの駅伝。ありがとう。

地球の45億歳。ありがとう。

ありがたい朝。

幸せな朝。
喜びも悲しみもまた微笑む。

2009年12月17日

光の射す方へ133〜あつい夏

 夏の北海道。
テラスも窓際の客席も軽やかな空気が抜けていって心地よい。
冷房が入っていなくても店内は気持ちいいけれど、常時火の気と湯気の絶えない厨房に入ると40度近くまで上がるサウナ状態。

北海道人はとけそうだけど、九州育ちにはちょっぴり懐かしい高温多湿。
他のスタッフが夏ばてでぐったりの中、私は汗がでるほどに身体が軽くなっていきました。

やっと夏がきた!!

細胞はそう判断したようで、蒸し蒸しの講堂で卓球をやったり、炎天下のぬるま湯で全力で泳いで培った夏仕様の機能を喜んで発揮してる♪夏眠してた汗腺がようやく開通してホッ(笑)

実に9年ぶりの夏仕様o(;^^;)o


 「火のそばでは走るな!」
 「どんなに急いでるときでも、ホールに出たらゆったり急げ!」

張りきる私はブレーキをかけられながらも、他のスタッフの力になりたくて、つい急ぎ足(^^;)

でも、ふと心は立ち止まる。

 お客様がホッとする笑顔かな?
 スタッフがホッとする笑顔かな?

 ホール、テラス共に満席、「待ち」も出てお店のテンション最高潮になっても、スタッフ同士の目や動作の合図で、穏やかな仕事が流れる。私達は白鳥の水面下の水掻き。テンションの高さが融合して生まれるそのときのライブ。
逃げ出したくなった緊張感、ぶつかり傷つけあって築いたチームワーク・・・これまでの時間と経験が凝縮した合奏。

お互いへの信頼が増して歓びが流れる。

できなくて悔しくて、いっぱい泣いた帰りの車。私の代わりはいない。何がなんでもやり遂げる以外に選択肢は最初から持たずにゴールを目指した一方通行の夏。
もがいてもがいてやっと辿りついた仲間との・・・・2006年ながい夏。

2009年11月10日

光の射す方へ132〜こだま by希望


 珈琲を手に、テラスでのスタッフミーティング。
その日の確認事項とコミュニケーションの時間。
落ち込んでたときは、会話や沈黙を疑心や不安の材料にしたてて苦痛すら感じた時間でした。でも、ようやくみんなの顔をみることができるようになったのです。

 ある時、血液型の話になって
「で?希望ちゃんは何型?」

「・・Aです!(*^_^*)」「え〜?!」
・・・(^_^;)
「お母さんは?」「Oです。」「お父さんは?」「(そこまできく?)Bです。」
「え〜〜〜???
おかしいやんか!!」ここまで突っ込めるのはさすがに関西の人だから?(*^o^*)

私は母から口どめされて、O型だと言うように指示されて以来、ずっと嘘をついていたことを話しました。
でも、ここは遠く離れた北海道だし、誰に憚ることもなく話ができるし、私が何型だろうと壊れることのない仲間に囲まれていたから、私は本当のことを話したかったのです。

「そうなんか・・・」
そう。
《私がこのことを口にしたら、私は家族の中にいられなくなるかもしれない。》
子供のときから、ずっと忘れようとして潜在意識に押し込んでた怖れと不信。自分への嫌悪。
朝日の射すテラスに、もうその陰はない。
私は笑顔で手放せたのです。

 からかわれて屈託なく笑える。
おっちょこちょいもあり天然のまま。
カラーが違って当たり前!
私は私のままでいいの。
自分のこと、自分達のことを腹をかかえて笑いあえる幸せな時間。
ひとりでがんばってるんじゃないんだ。
私もこのチームの一員なんだ!
よっしゃ♪いくぞ〜!お〜〜!o(^-^)人(^-^)o!!

さぁオープン!!

「いらっしゃいませ♪」

みんなの笑顔がこだまする。


 お母さん。
私を産んでくれて、ありがとう。
ずっと恨んでたこと、ごめんなさい。

TS3A0096.JPG

2009年10月20日

光の射す方へ131〜朝の輝き by希望


 厨房に入り、様子をみてエプロンをしながら、その朝の動きをシミュレーションしました。
よし!
私のスイッチが入る♪
仕事を覚えるにつれ、お店の味に関わる朝仕事も加わってきました。
 その日の客足の予測から芋やレタスの個数を確認し、サクッと流しに運ぶ。
自分で冷蔵庫から出してみると、しまったときの仕事の出来不出来が明らかになる。出されるのはいつでも最小限の指示「レタスを冷蔵庫に入れてきて」だけ。それを確実に受け取って、次の仕事の流れを考えつつ入れないと、とんでもないことになってしまう。
新聞のくるみ具合や重ね方での鮮度のもちの差。種類の違うレタスを誰もが新聞を外すことなく即座に取り出せるように入れているか?冷蔵庫から必要なものをいつでも迷わずとれるよう整理されているか?
段取りを確認しつつそれぞれが工夫をこらした誠実な仕事は、次の仕事の流れをスムーズにします。

 迷わずレタスを選び芋をボウルに抱えて、流しで下ごしらえ。ピーラーでじゃが芋1個5秒程で剥きあげる私は遅い方。もっと手早いスタッフの手元はラッセル車のよう。ボウル山盛りのじゃがいもは茹でられつぶされ、サラダになっていく。
シンプルで豊かな味わいに高鳴る胸♪
レタスは傷つけないように手早く一口大にちぎり、水に放つ。シャキッとジューシーになったレタスは水切りボウルで勢いよく水をきり、さらにペーパータオルで水気をとりタッパーにスタンバイ。
一方で、マスターの手を止めさせることなく今日の出るパン名をきき、ネームプレートや必要な籠等を準備して、パンの量を予想しながら、陳列棚のレイアウトをあらかた考えます。パン釜のタイマーが鳴ると、作業場へ急ぎ、パンを釜から出し、粉糖やラムシロップで仕上げてパン棚へ。次々に並ぶパン達がお互いを生き生きみせるようにレイアウトしたい!
誇らしげに並ぶパン達!!
まかされる仕事がひとつづつ増えていく喜びo(^-^)o
手早く確実に!

一段落つく頃、細心の注意を払ってスタッフのモーニング珈琲を淹れます。
スタッフミーティングを兼ねた珈琲ブレイクはみんなが楽しみにしている一日の活力源だから!!

オープンを待つばかりの朝の光輝く店内で、カップに注ぐ珈琲の薫りを深く吸いこむ。

あ〜〜幸せ(*^.^*)

さぁ!みんなが待つテラスへ!(^o^)/


2009年09月25日

光の射す方へ130〜雫の旅 by希望

 涙の雫090429_1025~01.JPG【涙の雫】

 気をひきしめて、ドアを開けました。これまでだったら逃げだしたい朝だったけれど、重い空気の中を、一歩一歩確実に前に進む私がいました。

 「ちょっと・・」
マスターに呼ばれて奥へ行き、まず急な欠勤を詫びると、話を切り出されました。

「なんで言わんの。辛いときは正直に言え!」
それは仲間に心を開かなかった私への怒りでした。

「正直もう一ヶ月続くんか?」
《笑顔が消え表情が硬直するとミスが続くこと。
注意されると必要以上に落ち込んでしまって、忙しくなるとフォローしていられなくなること。
他のスタッフに比べて機動力に欠けること。
家庭を持っていることを考慮しても、ピーク時には無理を承知で他のスタッフと同じように動いてもらわなくてはならないこと。

病気だったことを考えると、このままストレスをかけ続けて、もう一ヶ月心と身体は本当に大丈夫なのか?
もし無理なら、別のスタッフを雇わざるをえない・・・と。》

マスターは、仕事にはとても厳しいけれど、あつい思いやりに満ちたエネルギッシュな人でした。私の事情を知りつつ経営の現実を伝えなければいけない重さを一身に引き受けて、私に向かってくれている・・・。

私が採用された経緯は以前きいていました。
《経験者や、独身で年齢も若くて条件のいい人は他に沢山いた。でも、自分はインスピレーションで決める。
面接して、こいつは必ずいける!と思ったやつを採用する。
まず、おまえを決めた。
だめだったら、自分の眼力がなかったんだ・・・と。》
問題をしっかり指摘しながら、マスターは私が最後まで走りきることを願って、返事を待っていました。


「続けます!もうダウンしないように気をつけます。最後までやらせてください!」

「・・・よし!!」
マスターの瞳はまっすぐ私をみてくっきり頷きました。

ホールに出ると、待ち兼ねた仲間達の顔が一瞬で安堵しました。

ありがとう!みんな!さぁ〜仕事だ!!
o(^-^)o

前へ.JPG【前へ】

 すべての経験が、今の私を作っている

あのとき私を支えてくれたスタッフは、遠く離れた今も、私の心の友。

あの涙の雫が、私を前に運んでくれた。


 あの日苦しい涙を流したから、今日、やりきれなさで涙する近所の子供の背中にすっと手が伸びる。

「そっかぁ。嫌なことあったんだね。悔しかったんだね。悔しいときは泣いていいんだよ。Mちゃんはいっつもがんばってるんだから、我慢しないで出しちゃえ〜!
我慢して飲み込むと、Mちゃんの身体と心が痛くなっちゃうんだよ。嫌だな〜悔しいな〜涙と一緒にぜ〜んぶ出そうね!」
堰を切って泣きじゃくる背中を撫で続ける。
数分後、自分の気持ちを確認したMちゃんは、鼻をすすって友達の輪に戻っていけたのです。


 私はどこから来て、どこへ行くの?

逃げて逃げて逃げ回った時期もある
逃げたくない思いと逃げたい思いの狭間で、身体は拒否をした時期
その時期を経験したからこそ、今は向かっていける。
すべての経験は私を生かして、私を貫く芯をシンプルにする。
人生は前にしか進まない。

2009年09月14日

光の射す方へ129〜時々(じじ)の初心 by希望


お願い!!
朝には熱下がって!!
着込んでも布団を重ねても悪寒がひどくなっいく。節々が痛くて身体中が砕けそう。
水分をとって布団に潜り込む・・・
汗だくになって着替え、また水分をとって布団へ・・・
避難して嵐をやり過ごすように、丸まって唸りながらいつの間にか眠りに落ちる。

汗だくになって起きる
何度繰り返しただろう・・・
ガチガチに固まってた身体と思い込みを溶かす汗。

>もっとうまく!もっと早く!あれが足りない!これも足りない!
へたった身体がついていけない先走り。
注意される度に落ち込んで渦巻く焦り、不安、不信、嫉妬、疑心・・・
嫌味にきこえるスタッフのジョーク。邪魔なプライド。心配気なみんなの顔。解雇されるんじゃないかという恐れ。もうめちゃくちゃ!
身を固めた鎧兜は臨界硬度に達した。私の身体は有無を言わせず強制破壊に入ったんだ・・・。
濡れた服を脱ぐ度に、身体が軽くなっていく・・・。

>朝の光で目覚めて、熱を測ると38度5分・・・。
>どっちがお店に迷惑がかかる・・・?
《休日以外は休みなし。フル回転時にはギリギリの人数。「休みません。」と断言した私。》百も承知だった。・・・でも、飲食店に足がふらつく私が出てみたところで、満たされるのは自尊心だけじゃない?

>断念して、電話を入れました。


>ベッドに戻った私の心には、不思議な静寂が訪れていました。

契約期間はあと一ヶ月。
これまでのようでは続くはずがない。ずっともがいてきたけど、力量の限界を認めざるをえませんでした。

絡み合った思いの正体は、小さな認知の誤りが十重二十重の思いこみと誤った行動を生んでいたものでした。
清濁すべてを静かに受け入れて、執着を手放してみる・・・・

柔らかな呼吸が戻る

手のひらに残ったものは、私が返していきたかったあたたかいものだけ。

ありがとう。
好きな仕事をさせてもらえる巡り合わせに。

ありがとう。
支えてくれる人達の愛に。

ありがとう。
私を生かす大きないのちに。


>世阿弥は「時々(じじ)の初心」という言葉を残しました。
・・・「初」とはすなわち、まっさらな生地にはじめて鋏をいれること。「初心」は、何かを始めたときの最初の気持ちだけでなく、折りあるごとに不安や怖さを抱えながらも古い自分を断ち切って、新たな世界にえいっと飛び込む気持ち。自ら危機を受け入れてこそ成長があると。

090914_0712~01.JPG 090914_0714~01.JPG


>私もまた古い自分に鋏を入れたのでした。
丸一日治療に専念した翌朝は、平熱に戻り、まっさらになってお店に向かいました。


2009年08月20日

光の射す方へ128〜空回り by希望


 お店の雰囲気を左右する大きな要因のひとつは、スタッフのチームワークでしょう。

 私が直接関わっていたところは、厨房・ホール・裏方での作業。
やらなかったのは、お客様用の珈琲を淹れることや、調理、会計。
 厨房での仕事は、サラダの下ごしらえ、カトラリーや食器、飲み物のセッティング、珈琲豆の準備、洗い物・・
 ホールの仕事は席案内・水出し・オーダーとり・料理を出すこと・片付けその他の客席のサービス全般。
 合間に裏では、珈琲豆洗い、ピック、氷割り、肉の計量、パンをの釜出しし、デコレーションして陳列棚に並べる、ハーブ摘み、ラベル貼りや、パンを詰める袋のセット等の作業をする。

どこかの持ち場に専任できるほどの人数ではないので、常にホールの状況や厨房の状況、他のスタッフの動きをお互いに把握して、今自分は何を求められいてどう行動すればよいのかを決める・・というオールマイティーな機動力と協調性を求められました。
もちろん平常はマスターやドリッパーに全体的な指示は受けることができるけれど、混み合ってきたり、マスター達が調理やドリップ等にかかりきりになっていてるときは、自分達で動くしかない。


 アンサンブルや合奏は、それぞれが自分のパートを責任持って自在に操れるようになって、合わせることができるようになる。

この夏数ヶ月間の短期スタッフも常任のスタッフも個性的で責任感のある人ばかり!

少しでも多く仕事を覚えたい意欲に満ち、力を出しおしみしない仲間の出す音はどれも力強い。

どちらかといえば飲み込みが遅く、一極集中型の私は、熱心になりすぎると周りがみえなくなることが多く、この頃は体力的にもまだ持久力に欠けていました。

無心になって意識の拡大が起こると一極集中の狭いフレームが外れ、集中しながらも視野が格段に広がり調和をとれるのですが、そうなるにはまだまだ修練とリラックスが必要だったのです。

 毎週心身を整えて臨んでも、お店のピーク時間12時〜15時まで私の体力が持たない。早めに交代でとるお昼ご飯も、5分くらいでかきこむように済ませ、お店が混むとトイレにいけずに過度な緊張が続くと、14時頃に集中力が切れてしまう。

緊張と弛緩、体力気力のペース配分がうまくいかず、ミスが出て焦る。他のスタッフのがんばりをみて自分を卑下し、思いこみから気持ちが落ち込んで、ますます視野が狭くなるという悪循環に陥った時期がありました。

自分の音を出すのが怖くなって手足がすくんだ7月末。

店に着く前の朝の数分、仕事が終わって抜け殻になったとき、おおらかな景色に身を委ねて、元気を回復させようとした日々。

菜の花の空.JPG 北の国から‥みたいに.JPG 宝石箱.JPG 丘の空.JPG まっさらなマーガレット.JPG

早くひけた日は、長生館で治療をうけて休む。

 でも、ある晩とうとう緊張と疲労はピークに達し、39度台の熱を出してしまいました。

2009年08月07日

光の射す方へ127〜弾ける個性 by希望

 
作業場に所狭しと積み上がったトレイ。

中には、麻袋に詰め込まれて世界各地からやってきた珈琲の生豆。
種類別に計量した生豆の上に名前のメモ。

お店が混んでいないときに、焙煎を急ぐ豆から洗っていくのです。

 普通は、生豆は洗わず、ピック(選別)して焙煎するお店がほとんどだそうです。豆の薄皮は、焙煎の工程で焼けてしまうから、乱暴に言えば、洗っても洗わなくても、焙煎した豆のみかけはたいして変わらないのです。でも、薄皮が焼けるときの臭いが豆につくことと、焙煎むらが生じるのを避けるために、この店では薄皮をとる(洗い)作業をするのだということでした。
こういう表立っては見えないことに愛情と手間を惜しまないところが、この店の厚みなんだと思ったのは、他のことでも多々ありました。


 生豆洗いは、ちょうど米研ぎをダイナミックにやるような感じ。
業務用の大ボウルに水を張り、ジャッ!ジャクッ!ジャッ!ジャッ!
異物を除きながら、ふやける薄皮が剥れるように、水が澄むまで何度か水を換えて豆を研ぐ。 
生産地域によって、豆の状態や、異物や土の混ざり具合、土の色が違っていて、お国柄が感じられる。
生豆の色も形も大きさも様々、とれる薄皮の量も全く違う。
洗うときに立上る香りも、気品ある優雅な香り、明るく渇いた大地の香り、弾けるような元気な香り、軽やかで繊細な香り、重厚な深い香り・・、どれも個性的!伝わってくるプラーナも色々!!

共通点は、大量生産品ではなく、小規模で手入れの行き届いた農園や、山奥で昔ながらにハンドピックした豆等、生産者の情熱に支えられて生産されている豆だということ。

香りを嗅ぎ、リズミカルな豆のおしゃべりをききながら、豆の感触を味わっていると、長時間屈んだ腰の痛みは忘れきって、躍動するエネルギーがずんずん身体に入ってくる。


生豆を知ると、焙煎されて大人顔になった豆達に素顔の魅力が透けてみえて愛おしい。

洗う作業や、トレイをテラスに出し入れして豆を自然乾燥させる作業はきつい仕事だけど、私にとっては珈琲豆と語らいエネルギーを充電できる至福のひとときでした。



2009年07月22日

光の射す方へ126〜ストレス&幸せ by希望

 
空が白みはじめ、鶏達のときを告げる声。小鳥達の賑わい。

身仕度を小走りに済ませ、外に飛び出す・・

日の出どき

動物達の生命は湧き立ち、植物は清澄な光と朝露に身を委ねるとき。

間に合った!
裏の草むらで、私も思いっきり伸びて、光と澄んだ空気で身体を満たす。

プラーナが充満し、流れ出す。
心身を整えて、おにぎり水筒、ついでに朝ご飯持参チェック!
忘れものなし♪
髪を結んで、鏡に映る自分を笑顔で送り出す。
かけがえのない一日が始まる。



 軽やかな初夏の北海道。
大空と大地の景色を楽しみながら、バナナ、飲み物、おにぎり、栄養ドリンク・・・半日のエネルギーをありがたくいただく。
行儀悪い・・・(^_^;)
一瞬毎に走り過ぎる煌めく時間と極上の景色。

 お店の犬に挨拶してハーブの小道を抜け、パンの香り漂う作業場のドアを開ける。
マスターがパンを仕込む戦場を横切る

「おはようございます!」

さぁ!やるぞ!o(^-^)o
酵母と珈琲の香りに胸踊らせながら、今日できることを今日やる決意を固め、エプロンを締める。


 朝仕事。他のスタッフの動きと状況をみながら、仕事の段どりを考え、できるだけキビキビ動く。
美味しいパンを産んで一休みしている捏ね機の羽根やボウル達を、次々に愛おしんで洗う。
表回りと店内のチェックと掃除。

《経験は問わない。とにかくこのお店を愛している人を・・・》というマスターの言葉が私の中でこなれて身体をつき動かす。窓磨きも皿洗いも、嬉しさが込み上げる。

美味しい珈琲と食事を楽しんでもらいたい。居心地よい時間と空間を差し出したい。

強く願う心と動作が一致するとき、心地よい緊張感は悪くない。いつでも新しい発見と学びをもたらす。
まず裏と表の仕事の流れや商品を覚えて、一割のマニュアル化できる知識の習得をベースに九割のアドリブを駆使できるように成長を目指す・・・。


 最初のピークは海の日。maxデーは、お盆。
それまでには、昼休み抜きでも自在に動ける体力と接客力をつけたい・・・。

ポケットには、いつも小さなメモと注文票。
気づきはすぐメモ、すぐ動き、すぐ実践。進んでオーダーもとりに行く。

皿洗いも接客も、お店を支える大事な仕事。ひとつひとつ新しづくしのスタートは、ドキドキしながらも軽快でした。


2009年06月24日

光の射す方へ125〜舞台前 by希望


 コンクール前。
夢の中でも、苦手なフレーズが近付くと胸が高鳴った。指は動く?テンポは?ヴィブラートは?アルトサックスをのせた足先まで緊張が走った。

寝ても覚めても、サックス・サックスの日々だった高校時代。朝の補習前にひとり、部室の窓を閉め切って練習。昼ご飯もそこそこに、階段を駆け上がって練習。部活のみんなが帰った後も練習。家では演奏テープがエンドレスに流れ、指は勝手に空中でキーを押す。ソプラノサックスの先輩の動き、テナーの友人の癖、バリトンとあわせるところ、みんなの呼吸のタイミングまで、何度シミュレーションしたんだろう・・・。
目をつぶって、ブレスの気配と楽器の音で演奏できるくらい、私達は練習した。それでも・・・

 本番当日。 暗転でステージの椅子に座ると口が渇いて、キーに置いた指が汗ばんで脈打つ。

ただっ広いステージに、ぽつんと四人。ライトが明るくなって、校名がアナウンスされる。

ライトが熱い。心拍数は上がっても、暗い客席を眺める余裕がほんの少しあった。

楽器を振って、すーっ!↑↑↑↑
思いっきり吸い込んだ四人が息を吹き込んだ途端、広がる世界。
吹奏楽は息のダンスだ。
もう、止まらない。無我夢中。頭は真っ白に近いけど、昂奮してこわいほど冴え渡ってる。逃げ出したい緊張感が研ぎ澄まされたゾーンに変わる。
針が振り切れたかと思った先に静寂があった。石に刻みつけるような手応えの瞬間が数珠になって輝きだす。

私の血となり肉となったメロディーが静かに旅立っていく。数えきれない程練習していたときには、何度手を伸ばしても掴めなかった演奏がひょいと手中にある。
テンションの高さが融合して生まれるそのとき限りのライブ。

気の遠くなる練習、ぶつかり傷つけあって築いたチームワーク・・・これまでの時間と経験が凝縮したたった数分。

スローモーション?仲間の瞬きや心拍数まで数えられそうなくらい、鮮明な輪郭。時計が針を止めた永いとき。
身体の重さも、テクニックも、私も・・・沈殿して上澄みが残る。
この透き通った世界は何?

あなたは誰?



 できなくて悔しくて、途中どれだけ泣いただろう。でも、私の代わりはいない。何がなんでもやり遂げる以外に選択肢は最初からなかった。ゴールを目指して足を突っ込んだ泥んこは一方通行。
もがいてもがいても前に進むほかなかった2006年の夏。
お店のスタッフに決まり、7月からの多忙な時期の慣らしとして、6月は週末のみ働かせてもらうことになりました。


2009年06月16日

『鬱蒼』by希望


「季節の中で一番日本らしい季節」・・・
金子光晴は随筆『梅雨』の中で梅雨どきをそう呼んでいるそう。
「男でも妊娠しそうな季節」だと・・。

北海道の初夏は、九州の梅雨とは違う

まとわりつく生あたたかさに身体まで苔むしそうな梅雨ではないけれど

雨続きの匂いを肌で感じたくなり、ひとり雨の森へ。

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渇いたときはさらっと光を放つ森とは別物の森。
飽和を過ぎた湿度に緑は息を吹き返し、所狭しと伸びをする。
溜め込んだ欲求が噴き出して出口を探す。

窓を開けて横たわる
ひんやりと潤った森の空気が喉に肺にもたらす安堵
吸気の快感が胸から血液にのって広がる・・・
肌をはう湿度

一息、一息全細胞が滴って躍動しそうな歓喜。

毛穴が貪欲になる

皮膚も心のひだも艶っぽく甦る

爪も毛先も加速して新生する

エクスタシーのような波紋が背面に尻尾に爪先に伝う

森の一息一息
わたしは躍動する細胞のひとつになった

2009年06月12日

光の射す方へ124〜作業場 by希望


 約束の時間15分前、Pの車の中で呼吸を整え、最終チェック。忘れ物もなし。

7〜8分前、お店のドアに手をかけました。

カラン・カラン・カラン・・・

「こんにちは」

「こんにちは。あっ、面接の方ですか?
こちらへどうぞ。」

 珈琲とパンの香ばしさが広がる店内を抜けて、豆と酵母の住みかに足を踏み入れました。

穏やかな明るい店内とは違う、素朴で力強いエネルギー。
整然とした作業場に折り畳みのパイプ椅子。
マスターに向かいの椅子を勧められました。
講習会の時の終始笑顔だったマスターとは別人のような、ひき締まった表情。
・・・いえ、・・珈琲をドリップしていたときの職人の顔。

マスターの気魄に気おされないように、姿勢を崩さずまっすぐに視線を押し返しました。

 スタッフの条件は、経験不問。お店への愛情と熱意。期間は7月・8月の2ヵ月間。

履歴書には、家族構成も、私の病歴をも含む思いも洗いざらい書いていたので、何も飾る必要も背伸びする必要もなく、まして何のテクニックも持たずに、私は問われるまま、正直に答えました。

背伸びしてよくみせたところで続かない・・・そんなことは、これまで嫌というほど思い知ってる。

《以前病気していたというが、今は精神的にも体力的にも大丈夫なのか?》
《忙しい日はランチ120食出て、昼食も休憩もとれないこともあるが大丈夫なのか?》
《店内はクーラーがなく、厨房は40度近くなるが、大丈夫か?》
《短期のスタッフは2名の予定で代わりはいないから、定休日以外の休みはとれないが大丈夫か?》
《お盆の週は休みなしで二週間ぶっ続けになるが、大丈夫か?》
《お子さんが小さいが、大丈夫か?》

苦しい質問が続く。

・・・100%大丈夫だなんて、断言できる人は100%いるはずない。人間、明日どうなるのかなんて、ほんとのところわからない。
断言できる人はよほど誠意がないか、高慢なのか・・。

マスターは無理を承知で質問している、お店の実情をありのまま伝えて私の決意を試しているんだろうと思いました。


「自分は仕事の鬼です。」
仕事中には情け容赦なく怒鳴ることや、できなかったら仕事を取り上げることを、彼は断言しました。
それはお客様へ最高のサービスを差し出すためだと。値段以上の値をつけられない空間、時間を提供したいからだと。
私は一杯の珈琲や一食のランチにこめられた情熱に対峙していました。
睨みあっていて、これが一口のもたらす至福の源泉なんだと確信しました。

〔リスクは怖くない。
まして、怒鳴られることがどうして怖い?〕
自分が感じた幸せを提供できるようになりたい。


自分の意志をきっぱりと静かに伝えると、面接が終わりました。




2009年06月04日

光の射す方へ123〜珈琲 by希望


 握りしめていた広告には、自家焙煎の喫茶店のスタッフ募集の知らせ・・・。


 自宅から車で50分程の丘陵地にある自家焙煎の喫茶店。

そこの天然酵母パンは、数回食べたことがあるだけだったけど、学生時代に食べたドイツパンのように、小麦の味と酵母の香りのどっしりした存在感が、噛みしめるごとに身体と心に染み入る、忘れられないパンでした。

抜け殻のようだった私に、生気を吹き込んでくれた滋味。


 このお店の珈琲を初めて飲んだのは、その数ヶ月前にあったネルドリップ講習会ででした。

 「マンデリン・ペーパードリップ」と「マンデリン・ネルドリップ」とをお店で出すのと全く同じ分量、手順で、ドリッパーの方が説明を交えながら淹れてくださったものと、自分が見よう見まねで淹れたものを飲み比べてみました。

つまり4つの珈琲を飲み比べてみたのです。

ペーパードリップは丁寧に淹れれば、初心者でもまぁまぁの味になるそうだけれど・・・ネルドリップは豆の個性や淹れる人の腕が良くも悪くも歴然と出るという・・・。(^_^;)

 私のペーパーは、こじんまりした楕円が少しにじんだような味。豆のよさで辛うじて円い味。

 次にお手本のペーパー。私のペーパーより一回り大きな整った円が口の中に広がる。なるほど美味しい珈琲だと誰もが納得する味。

 その次が、私のネル。
下手な私が淹れても、ネルはマンデリンの良さを前面に引き出してくれていました。
ドリッパーの方のペーパーの方がバランスがよくて美味しいんだけど、ペーパーとネルの味わいは平面の図と立体の物体のように奥行きが違う。
単楽器のアンサンブルとオーケストラの違いみたい。

珈琲豆は同じでも、挽き方、お湯の温度、量、ドリップのスピードなどで味は自在に変えられる。その違いが繊細かつダイナミックに出るのがネル。

初めて私が淹れたネルは、強烈なマンデリンの個性があちこちとびだして、三角になったハリネズミっぽいけど、おもしろい味でわくわくしました。

 最後が、ドリッパーの方のネル。

口に含んだ途端、強制な個性が輝きながらも、渾然一体となった調和に全身が包みこまれました。

何?これって珈琲なの?!
まろやかな球体に、ともすればケンカしそうな強い個性が共存しつつひとつになっている。
しっかりとした輪郭だけど重くなく、酸味も苦味も甘さもすべてが、ゆったりと身体に染みわたって、最後まで調和の余韻が残る。

こんなの・・・って?同じ豆だなんて信じられない!

 学生時代から、ずっとマンデリンが好きだったけど、この珈琲は私にとっては別格。
一瞬で身体と心に、豊潤な時間をもたらしてくれました。


 それ以来、冷蔵庫に貼った広告を毎日眺めては、私もあんな豊かな時間を人に差し出せるようになりたいと願い続けていました。




2009年05月27日

光の射す方へ122〜一歩分の成長 by希望

 
 息子が小学4年生の冬。
祖父母や従兄弟達の待つ九州へ一人、二週間の帰省をしました。

彼にとって、一週間以上、一人で親元を離れるのは初めて。
とはいえ、行き先は一年前に家族で行ったばかりの祖父母の家と、半年前にうちで寝食共にした従兄弟達の家。

 私は子供の頃、全国から集まる夏のキャンプや青年の船など、見知らぬ土地や人の中に飛び込んでいくのは、ワクワクドキドキして大好きだったけど・・・
この辺りの性格は息子は似てないようで・・・
不安そうな後ろ姿が、搭乗口に消えていきました。

でも不安も心細さも、いっぱい経験してこそ、それ以上に周りの人の思いやりを実感して帰ってくるはずだから。
私は心配らしい心配は、ほとんどしていませんでした。


 クリスマス、正月と行事の続いた頃、かかってきた電話で本人が楽しいことばかり話す様子や、「元気でやってるよ」と祖父母達みんなが口を揃えて言う言葉に、少し心配になりました。

・・・そんなにがんばりすぎなくていいのに・・・。

確かに楽しんでるだろうけど、一方で、さびしさや気疲れした辛さを誰に話すでもなく、抱え込んで過剰適応してるんだろうな・・・。
泣きたいときは泣ければいいのに。

そう。こんな風にしまい込んでしまう辛さは、私も似てた・・。


 年明けて、沢山の思い出を抱えて空港に降り立った息子は、飛行機を乗り継いでの長旅に少し疲れていました。

けれども、家に着いてもしばらくは、クリスマスやお正月の様子、おばあちゃんとみた海や、みんなで行ったトンカツ屋さん、従兄弟達と飛ばしたブーメラン、次々にしゃべり続けたかと思ったら・・・「夜、さびしくて泣きたくなったけど、泣かなかった・・。」

 やっぱり・・。

がんばったね。
そうやって成長していくんだもんね。

ちょっぴり甘えた後に見せた笑顔は、少し大人びたような気がしました。


 誰だって、見知らぬことに不安を覚えることはある。

繰り返した失敗がいつまでも尾をひいて、踏み出そうとする足が竦むことだって何度もある。黙って座り込んでいたって、時は過ぎる。
病み上がりだから・・と自分にも周りにも通じる言い訳はあるから、私は誰に責められるでもなかった。

・・・でも・・・
引っ込んでしまったままじゃ、外に出るのが怖くなっていくだけ。

 自分が作ってしまったこの壁の向こうに、どうしてもやりたいことがあるのなら、どうにか壊すか、越えるか・・・それしかない。
今なら、また違う道も方法も探せそうだけど、その頃の私は向かっていくしかないと思っていました。

小さな一歩でも、確かに歩み続ければ、少し進む。
進めば見えてくるものがある。

あきらめない。
やってみなきゃ、また失敗するかどうかなんてわからない。
やらないで後悔するより、やってみよう。

一枚のチラシを握りしめ、何度も自分を励ましながら、私はメールを送信しました。