2009年08月02日

阿頼耶識(あらやしき)100 犬のミトコンドリアは知っていた


 「北海道のアイヌ犬と沖縄犬のミトコンドリアDNAは良く似ているそうです」

北海道大学で開催された「日本長生医学会北海道連合会第50回夏季研究会」で記念講演をお願いした医学部のF教授が教えてくれました。

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F教授は大学院生の頃、不当に弟子を苛めていた教授に腹を立て、教授とのコミュニケーションを拒んだり、助手時代は威圧的な教授にキレ米国に飛んだという(^^;)、日本人的な上下関係や差別を嫌う反骨の社会医学者です。

ひょんなことから、日本における琉球、アイヌ、朝鮮民族への人種差別問題を話題にした時、冒頭のメールが返ってきました。

「ミトコンドリアDNAは母親から受け継がれるので、沖縄と北海道のイヌの母系は近いということになります。それに対して柴犬や甲斐犬、四国犬などと近いミトコンドリア DNAを持つのが韓国の珍島犬です」

つまり、沖縄犬、アイヌ犬を飼っていた人たちが縄文文化人、柴犬などを連れてきたのが弥生文化人ということになります。

九州、四国、本州(東北を除く)で弥生文化が始まった頃、北海道と沖縄では続縄文文化が栄えていたことを考えると、もともと沖縄犬、アイヌ犬の飼い主である縄文人たちが住んで居たところに、珍島犬を飼っていた弥生人が入ってきて、勢力を拡大し、縄文人を北と南へ追いやり、今の日本民族が形成されたのだそうです。

「このあたりの複線的な日本の文化構成をきちんと教えていないことが、日本人の人種差別意識の一つの原因のような気がします」F教授は語ります。

梅原猛氏も「アイヌ民族の祖先は縄文人」という持論を展開していますが、F教授は、犬のミトコンドリアから日本人のルーツを分析していたとは、博識だけでなく、さすが科学者と感心しました。

こんな話もしてくれました。「非常に誤解して伝わっていますが、徳川家康が松前氏に与えた黒印状では松前氏はアイヌを保護する義務を負わされていたそうです。つまりアイヌを支配する権利は与えられていなかったのです。松前氏が持っているのは本州などからやってくる日本人の交易を取り締まる権限だけで、アイヌがどこで交易しようとも自由 ということになっています」

事実、アイヌの地名は岩手あたりまで広がっており、江戸時代の終わり頃まで、青森の下北半島や津軽半島にはアイヌ村が存在していたそうです。

つまり家康の黒印状を拡大解釈し、アイヌの行動の自由を規制し低賃金労働者として搾取したのが松前藩体制なのだそうです。

四国生まれの教授に、アイヌ民族の知られざる歴史を教えられ、大切なことを思い出しました。
今から10年前くらいに、北海道旧土人保護法・旭川市旧土人保護地処分法に代わる法律として「アイヌ新法」が制定されたはずです。つまり、つい10年前までアイヌ人は、土人扱いだったのです。

しかしこの法律には、アイヌ人の権利に関するものはまったく含まれていませんでした。いまだに大きな経済格差や差別がある現状でありながら、単なる形だけの文化振興法です。そのような「アイヌ」を作り出して放置していること事態が問題だと思います。

社会医学者とは、環境問題だけでなく基礎医学や歴史、社会システム細部の問題にも目が届くものなのですね。

思えば長生上人も、石炭産業の衰退に心を痛め、余命を見知らぬ北海道で長生医学普及に努めました。この時、長生上人が北海道に心を向けなければ、北海道連合会50周年はありませんでした。
posted by かず at 23:25| Comment(0) | TrackBack(1) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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