2016年10月29日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉜〜


正月三が日にも関わらず駆けつけてくれたのは、名寄市風連国民健康保険診療所の内科医松本晋一郎先生と看護師さんでした。赤ひげ大賞の松田所長と共に、道北にある厳寒の盆地で、地域医療を年中無休体制で担う若きドクターとベテランナースです。

ドクターが到着した時、母の容態は落ち着き、穏やかな寝息を立てていました。

「今夜がヤマだと思います。今夜は泊まって付き添われた方がいいですね。何かあったら遠慮なく呼んでください」」母を診察した松本先生がそう言い残し、雪の中を帰りました。

その言葉に従い、妹は夜に備え入浴と仮眠をとりに自宅に戻りました。
父親は除雪のため外に出ています。

思いがけず、母と二人きりの時間が訪れました。
母のベッドの隣に体を横たえ目を閉じてみました。
物心がつくまで母と一緒に寝ていたはずですが、母の隣に寝るのは・・・いったい何十年振りでしょう。

そこには信じられないくらい穏やかな時間が静かに流れていました。

ふと視線に気付き目をあけると、いつのまにか目覚めた母が私を見つめています。
それから宙を見つめるような視線に変わりました。少し驚いたような顔ですが、それは恐れや混乱ではなく、畏敬の念で何かを見ているかのような表情です。

しかし私には、母の視線の先に何もとらえることは出来ませんでした。

古来より人生の最後に来ると言い伝えられる「お迎え」という文字が頭をよぎりました。
posted by かず at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月17日

休診のお知らせ


10月22日(土曜日)は、日本統合医療学会北海道支部会出席のため、
休 診させていただきます。

IMJ北海道支部会のタイムテーブルは下記の通りです。
参加費は1,500円。事前予約は不要です。
長生医学会の先生はふるってお越し下さい。

 第18回 日本統合医療学会(IMJ)北海道支部会

日  時:平成28年10月22日(土) 14時〜18時15分
会  場:藤女子大学 7階 大講義室
※この講座は北海道医師会の承認を得て「北海道医師会認定生涯教育講座3単位」として開催されます

■開会挨拶  (14:00〜14:10)
   日本統合医療学会理事長 仁田 新一先生

■総  会 (14:10〜14:20)

■特別講演1 (14:20〜14:50)  座長 響きの杜クリニック 院長  西谷 雅史 先生

「オゾン療法〜その適応症と微量オゾンの作用メカニズム〜」 
  北海道大学 名誉教授  三浦 敏明 先生

■特別講演2(14:50〜16:00)

「オープンデータを活用した食習慣と健康の関係〜健やかな体を作る食事の仕方教えます〜」
北海道科学技術総合振興センター 工学博士  北野 邦尋 先生

■一般演題(16:10〜17:10) 座長 社会医療法人北楡会札幌北楡病院消化器科  片桐 雅樹 先生

■ワールドカフェ(17:10〜18:10)
  テーマ:北海道の統合医療の可能性

■閉会挨拶  (18:10〜18:15)
posted by かず at 20:21| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月15日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉛〜


吹雪の中を、ドクターとナースが駆けつけてくれました。

母が望んでやまない「在宅療養」を可能にしてくれたのは、この“名寄市風連国民健康保険診療所”のドクターとナースの理解と助力があったからです。

“名寄市風連国民健康保険診療所”は、強化型在宅療養支援診療所の指定を受け、さらに、地域包括医療・ケア施設に認定され、外来診療と往診に加え、24時間対応の在宅医療、終末期の在宅緩和ケアといった、現代医療の課題に果敢に取り組んでいる診療所です。

所長の松田好人先生は、平成24年に「第1回赤ひげ大賞」を受賞されたドクターです。

「赤ひげ大賞」は、病気を診るだけではなく、地域に根付き、地域のかかりつけ医として、誕生から看取りまで、さまざまな場面で住民の疾病予防や健康の保持増進に努めている医師を顕彰すべく、日本医師会により創設された賞ですが、その名の通り、病人や家族と十分なコミュニケーションを取り、病人を病気として扱うのではなく、人間として尊厳を尊ぶ、全人的な取り組みは、本年3月にBS-TBS「ヒポクラテスの誓い」でも紹介され、クライアントの家族として妹も取材を受けています。

暮れも押し迫った12月28日、往診してくれたのは松田医師でした。

「寝ているうちに呼吸していないこともあり、厳しい状況になっています」松田医師の現状説明に対し、妹が答えました
「そんな穏やかな最後なら最高です」
松田医師は、優しくうん、うんとうなずいてくれたそうです。

また、妹が「水分しか欲しがらないので固形物は摂っていません」と報告すると、「食べなくてもいいです。自然のままで。無理するとかえって負担になります。そのほうがいいです」と同調し、「苦痛がみられたら、ご連絡下さい。速やかに対応します」と答えてくれたそうです。

そうした松田所長の姿勢に、母と妹は全幅の信頼を寄せていました。
どうやら、妹が看護師として問い続けていた、苦痛をもたらす延命治療が患者さんにとって幸せなのかという疑問や、看護職のキャリアを通し芽生えた、終末医療におけるケアリングのあり方を、明確に示し体現しているのが松田医師だったようです。

40年、病と闘い続けた母でしたが、今まで母を担当してくれた医師たちへの不満を聞いたことがありません。「皆、優しい先生だったよ♪」と。

最後の最後まで良い主治医に恵まれて、幸せだったね お母さん。
posted by かず at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月08日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉚〜


測定できないほど血圧が下がり、発声に必要な筋肉すら動かす力のない母が、プラーナ療法を行う私に、言葉を発しました。

「もういいよ ありがとう」

義父と同じだ・・・
3か月前、病院で義父に付き添っていた記憶がオーバーラップしました。

義父は、入院する前日まで食欲も旺盛でしたが、朝、急に血圧が低下し意識不明となり、病院に搬送したところ、医師から、「老衰による心不全で肺水腫を起こしております。長くて2日の命です」と宣告されました。

そのまま病院で家族会議を開き、延命治療を断り、薬も栄養も断ち、自然の摂理に従い、出来限り苦痛のない最後を迎えさせてあげようと決め、家族の意向を医師に伝えました。医師も苦痛緩和だけに最善を尽くすと約束してくれました。

その日から、出来る限り家族が交代で父に付き添えるよう力を合わせました。
私は休日前の夜の受け持ちですが、プラーナ療法だけは、仕事が終わってから毎日、病院へ通い実施していました。

私が付き添っていた夜半、急に苦しそうな呼吸になったので、胸にプラーナを送りました。
10分ほど手をかざし、呼吸が落ち着いてきた・・・と、その時です。

「もういいよ ありがとう」
入院以来、一度も声を発しなかった義父の声が、頭の中に聞こえたのです。
それから義父の手が動き、胸にかざしている私の手をそっと押し戻しました。

昏睡状態が続き、寝返りどころか、自力で手を動かすことすらなかった義父が・・それは私の想像を超えた出来事でした。

義父の魂が「もうすぐ還るから、生命エネルギーはいらない。もう治療しなくていいよ」という意思を示したような気がし、その日を境に治療を止めました。

義父が呼吸を止めたのは、その2日後でした。
医師から2日と宣告された余命でしたが、2週間呼吸を続けてくれました。
posted by かず at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月01日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告㉙〜


「お母さんの魂が“そろそろ還る”って言ってる。だからもう長くないと思うよ」
「不謹慎だけど、葬儀のことも考えておいたほうが良いと思う」

リビングで昼食を取りながら、父とそんな会話をしていた時、妹が母の呼吸が乱れていることに気づきました。

今までになく苦しそうな呼吸です。
往診のドクターに連絡を取り、旭川の弟にも連絡するよう伝えました。

妹が連絡を取っている間、私は母の胸にプラーナを送り続けました。
次第に呼吸が落ち着きついてきた・・・と、その時です

「もういい・・ありがとう」
母の声です。

血圧が下がり、声を出す力すらないはずの母が・・・
「もういいよ」と、もう一度声を発したのです。
posted by かず at 07:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする