2016年03月26日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告H〜


「もう生きていたくない」
末期癌の宣告を受けても動じなかった母の心が、あっけなく崩壊しました。

いったい何があったのか?何を言われたのか?どんなショックを受けたのか?
母は決して話そうとしません。

しかし父がベッドに近づくと、身体を硬直させ腹痛を訴えることから、原因が父に起因していることは容易に想像できます。

プラーナ療法で副交感神経を優位にし、痛みを抑制したものの、いつものように目に輝きは戻りません。

何かを拒否する気持ちがあると、気持ちだけでなく筋肉にも無意識に力が入ります。意識的に身体の力を抜こうとしても抜けません。例えるなら、以前噛まれたことのある犬が目の前に現れた状況です。胸は高鳴り身体は固くなるはず。

自分に害を及ぼす相手と対峙している時、力を抜いている人がいないように、誰かに怒りや憎しみの感情がある時は無意識レベルで力が入ります。それは動物が敵対するものから己の命を守るための本能であり、脊椎動物に備わった自律神経のシステムなので、理性のコントロールが極めて困難な領域なのです。

つまり父を責めれば責めるほど、否定すればするほど、母の身体は固くなり容態が深刻化するのは明らかです。それはほどなく骨格筋だけでなく、平滑筋をも硬直させボロボロの内臓を締め付け耐え難い痛みを引き起こすことでしょう。

しかし深く傷つけられた人を容易に許すことが出来るでしょうか?

人生において困難には意味があると言いますが、余命いくばくもないこの期になっても、こうして魂が成長するための課題が訪れるのでしょうか?もしそうであったとしても、果たして母にその意味を見出す時間があるでしょうか?

ですが・・この精神状態では、家族が総力をあげたケアの目的である“安らで穏やかな最後”は望むべくもないでしょう。

母の魂を信じ、能動的介入を選択することにしました。
posted by かず at 08:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月19日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告G〜


“膣から尿だけが漏れ、膀胱の管から便が流れています。下半身にむくみとお腹に強い痛みを訴え、1日に何度も鎮痛剤をほしがります。身体の動きも悪く、生きる気力が失せたかのようです”LINEで妹から報告がありました。

人間は肉体と心からなる有機的統合体です。
がん細胞の浸潤により、膣と腸と膀胱の壁に穴の開いている母の肉体は、とうに医学的限界を超えているはず。そんなボロボロの肉体を支えていたのは、スピリチュアルに穏やかな心でした。しかしその頼みの綱が崩壊し心身のバランスが崩れようとしているのです。

“痛みが辛いので治療してもらいたいと母が望んでます”4日後、LINEにメッセージが届きました。

旭川から名寄まで大荒れの道中は事故車が無残な姿を晒していましたが、SOSの知らせに、アクセルを踏む足にも力が入ります。

私が到着すると、いつも微笑んで迎えてくれる母が無表情でした。気力がひどく減退しているのが分かります。目はうつろですが体がガチガチに緊張しています。明らかにショック状態による交感神経の過緊張です。精神の乱れがプラーナを渋滞させ身体に影響しているのが、母のエネルギー・フィールドから分かりました。それはうつ状態の患者さんが発するプラーナと同じでした。

妹が経緯を話してくれました。
母はいつものように妹の作った夕食を「美味しい」と喜んで食べてくれたそうです。夕食の後片付けを終え、母の様態が安定しているのを確認してから、妹は所用のため母のベッドをしばらく離れたそうです。数時間後に妹が戻った時、母の枕元には、涙を拭いたティッシュペーパーが散乱していたそうです。

翌日から母が別人のようになり「もう長生きしたくない・・・」と呟いたそうです。
それは文字通り、わずか数時間の間に起きた容態急変だったとのこと。

がんの全人的苦痛(トータルペイン)の中のひとつにスピリチュアルペインと呼ばれるものがあります。死に臨む人間の「他者との関係の喪失」や「自律の喪失」が、身体的精神的苦痛を増強させたのだとしたら・・妹が母の傍を離れた時、傍にいたのは父だけ。

どうやら父と何らかのトラブルあり、父の言動がスピリチュアルペインになったと思われます。
posted by かず at 08:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月12日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告F〜


母の性格を一言で言い表すと“どんな人にも分け隔てなく接し、愛情を注ぐことが出来る人”だと思います。

子供の頃、親戚の葬儀に行くとよく目にした光景が記憶に残っています。多くは通夜ぶるまいや火葬を待っている間だったと思います。親戚の輪に入れずひとりで所在なさそうに座っている人に気付くと、母は自分の席をその人の隣に移すのです。時には手を取り合って泣いている姿も目にしました。後日、訳を尋ねると「だってかわいそうでしょう。独りぼっちは辛いのよ」

お通夜で母の棺にすがり泣いていたのは、何十年も前に母が声をかけていた人たちでした。
「私がお嫁に来たときはとっても孤独だったのよ。知り合いは一人もいないしね・・お姉さんが優しくしてくれなければ、今の私はなかった・・」と。

母の写真を見て僧侶が嗚咽したのは法話の最中でした。
「坊主だから、死ぬことは極楽へ行くこと。喜ばしいことだと分かっているのですが、遺影を見てしまうとだめですね。故人には苦しい時優しくしてもらったので・・・」僧侶は齢80歳を過ぎた地元の名士です。

葬儀が執り行われた2日間、道内は大荒れのホワイトアウト状態になり、国道では事故が多発していました。しかし母の訃報を聞きつけ、私の旧友たちが道内各地から何時間もかけて駆けつけてくれました。「自分の命が大切だからお前の葬式なら来なかったかも(笑)でもお前のかあさんには、俺もおふくろも優しくしてもらったからなぁ・・」

母の死後、宅配便の配達員さんが伝票にメッセージを書き残してくれました。
“あなたに会えなくなって、すごくさみしいです。優しくしてくれてありがとう。あなたのことは一生忘れません”
車を運転できなくなった母の買い物や、身の回りの世話をしてくれていた義弟が、不審に思ったことがあるそうです。なぜか自分では飲まないヤクルトをまとめ買いしていたと。「今思うと、お義母さんのことだから、きっと配達員さんたちに、重いのにご苦労様ってヤクルトを1本渡していたんだと思うよ」

人が抱える苦しみや悩みを受け入れ、裁くことなく寄り添い愛を向ける・・・母は、自分で意識することなく、ごく自然に周囲の人々にスピリチュアル・ケアをしていたのかもしれません。

ヒンズー教の高僧が“心の成長には段階がある”と教えてくれました。
第一段階は“自分の心の調和”第2段階で“人間関係の調和”それから“社会や人類への調和”へと魂は成長していくそうです。つまり自分を労わることが出来ずして、他者を労わることはできない、自分を愛せない人は他者も愛せないのだと。僧侶から配達員さんまでどんな人にも分け隔てなく、ごく自然に愛情をそそいでいた母は、少なくとも自分を肯定し、自ら感情のコントロールが出来ていたことになります。

そんな母の心の調和が乱れました。
posted by かず at 08:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年03月05日

母の死とプラーナ〜末期癌の症例報告F〜




11月は比較的症状が安定していました。

治療中の表情も明るく「よく喋るな・・(^^;)」と思うほど、いろいろなことを話してくれました。友人のこと、兄弟のこと、孫のこと・・・自分はさておき人の心配ばかりしています。利他が身についている母らしいお喋りです。

ベッド上で足をあげ、自ら運動をする姿を見て「もしかすると回復するのでは?」と思わせるほどでした。

治療を終えた母が「お腹が空いた・・・変わったものが食べたいわ」と言い出しました。

入院していれば絶食は避けられないでしょう。
がん細胞が膣から膀胱と直腸まで浸潤し、便が膣や尿道カテーテルから出るような状況で、食欲が旺盛とは医学的に考えらません。ある意味奇跡と思われますが、せっかくの奇跡・・活用させてもらわない手はありません。

83年の生涯を通しおそらく母が食べたことがないであろうイタリア料理を体験してもらおうと思い立ちました。

メニューは“カルボナーラ・パスタ”と“牡蠣とエビのバーニャカウダー”“トマトとモッツレラチーズのサラダ”。消化に負担がかかるであろうオリーブオイルがたっぷり使われています。油物が苦手な母なら、おそらく健康な時でも食べなかったであろうメニューですが・・・「何を食べても美味しい♪」と完食したのは驚きでした。

翌週はフレンチ!
母の好きなパンとエビをグラタンにし、カボチャを丸ごと器にした、“カボチャ・パン・エビグラタン”です。生クリームとバターをたっぷり使いましたが、翌日もこの濃厚な味を楽しんだそうです。

病院や施設ではありえないメニューを口にすることが出来るのも在宅の良さだと改めて思いました。

在宅療養の患者さんに対し、行政は介護用品やおむつ、ベッドなどのサービス利用料減額等の優遇措置などを設けています。厚生労働省は、在宅医療を受けた推計患者数が、2014年は1日当たり15万6400人になったと発表しました。2005年の6万4800人と比較し倍増しているそうです。

PS(パフォーマンス・ステータス)という指標があります。
がん患者さんの全身状態を表す万国共通の指標です。全てのがん患者さんは、“日常生活が制限なく行える” PS 0から“自分の身のまわりのことはまったくできず、ベッドか椅子で過ごす”PS4に振り分けれられますが、寝たきりの母は明らかにグレード4です。また母は9月から、日常生活に全面的な介助が必要とされる「要介護4」の認定を受けています。

在宅介護も、こうした母レベルになると相当に難しいと思われます。
経験豊富で質の高い看護専門職が身近にいたからこそ満喫できる、穏やかな日々でした。

posted by かず at 08:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 大村長生館の治療 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする