2012年05月15日

名店消える


旭川ラーメンファンに衝撃が走りました。
名店「あきよし」が40年の歴史に幕を降ろしたのです。

120503_1301~01.jpg知らない人には入りにくそうな外見ですが、嵐の松潤は、旭川に来るたび通いつめたとか

個性的なのにホッとするあっさりした魚貝系スープがクセになる、旭川ラーメンの王道を行く専門店でした。そんな名店の味を引き継ぎたいと、修行に来る人も少なくなかったようですが、職人気質のご主人の眼鏡に適う人はいなかったというエピソードに。あきよしラーメンの奥深さを感じます。

120503_1308~01.jpg私が最後に食べたあきよしのラーメン

あきよしラーメンを食べることの出来る最後の日、ラーメン好きの当院スタッフは、仕事を終え大急ぎで店に走ったのですが、すでに暖簾が下りていたと落胆していました。
午前中にはすでに行列が出来ていたそうなので、閉店を惜しむファンが押し寄せ、早い時間に材料がなくなったのだと思われます。

posted by かず at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | ラーメン好き♪ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年05月07日

本日より診療

桜がきれいな連休でしたね♪
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大村長生館は、本日より平常どおり診療させていたします。
posted by かず at 08:04| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月27日

連休の診療日程

厳しかった冬が去り、遅れていた農家の仕事がいよいよ本格化してきたようです。
日に焼けた真っ黒な顔で治療におみえになった農家の患者さんが、「今年はゴールデンウイーク返上です♪」と笑いながら帰っていかれました。

なんだか申し訳ないな・・・と思いつつ、当院のゴールデンウイーク診療日程です。

4月29日(日)休診
4月30日(月)休診

5月1日(火)平常通り診療
5月2日(水)平常通り診療
5月3日(木)休診
5月4日(金)休診
5月5日(土)休診
5月6日(日)休診


上記、よろしくお願い申し上げます。

posted by かず at 19:39| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月21日

福島の銘酒



「少しでも福島を応援しようと愛飲しおりますが、とても美味しいので一度ご賞味下さい」
グルメのU先生から福島の酒が送られてきました。

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ラベルには「大七酒造 純米酒 大七 純米生もと(きもと)」
珍しい「生もと造り」のお酒です。

生もと造りは日本酒の製法用語です。専門的なことは分りませんが、とても手間のかかる製法と聞いたことがあります。

早速味見を・・・実にしっかりした味わいです。
東北の酒蔵の中で、東北生まれらしい粘り強さで生存競争に打ち勝った生命力の強い菌や酵母が、この生もと独特風味のを造ったのかもしれません。

豊かなコク、酸味、旨み味に加えこの芳醇さは、異文化のイタリアンにも合うかもしれないと思いました。

前菜は、大根とニンジンをワインビネガーで。患者さんから頂いたばかりのホタテをシャンピニオン仕立てにし、九州の先生から届いた馬タンにバジルソースを添えた思いつきメニューにも見事に相性を合わせてくれました。

ソムリエの田崎真也氏はこの酒を、「香りは、白い花や白桃のコンポートのような上品な香りに、ミネラル香、そして生もと特有のクリーム系の香りと、ほのかに海のヨードの香りを感じる」と評したそうです。

大七酒造の創業は1752年(宝暦二年)・・・先人たちが長い歳月をかけ、自然界の法則と東北の気候風土を巧みに利用し創り上げた逸品は、福島を基点としたエネルギー問題で、自然の力と人間の知恵の和合が求められる現在、多くの関係者に味わっていただきたいと思いました。
posted by かず at 07:50| Comment(0) | TrackBack(0) | おいしい日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月14日

旭川支部4月定例研究会のお知らせ

4月22日(日曜日)10:00〜12:00
会場 旭川市ときわ市民ホール
において
旭川支部定例研究会を開催します。

テーマは線維筋痛症です。
社会生活にも支障を来たすほど苦しんでいるにも関わらず、血液検査やレントゲンで異常のみあたらない代表的な疾患に「線維筋痛症」があります。

全身の広い範囲にわたって痛みを感じる病気なので、こうした病名がつけられたようですが、欧米では1900年代初頭から注目されはじめ、日本では近年ようやく認知されてきました。しかしまだ医学部の教科書にすら掲載されておらず、厚生労働省の線維筋痛研究班の調査によると、5年前には病名すら知らない医師が30%に及んでいたそうです。

身体の痛み以外にも、睡眠障害や疲労感、抑うつ感や不安感、消化器症状など様々な症状を伴うのが特徴で、通常の医学的知識では診断がつかず、偽病や怠け病、ヒステリーで片付けられてしまうことも多いのですが、厚生労働省の疫学調査において、日本には約200万人もの患者さんがいることが確認されています。

2009年4月1日「日本線維筋痛症学」が立ちあげられ、10月11日、大阪商工会議所国際会議ホールで、第1回日本線維筋痛症学会が開催されました。当初はリウマチ疾患に分類され、リウマチ専門医が治療を担当していましたが、学会には整形外科、精神科、心療内科医、婦人科、麻酔科など多方面のドクターに、看護師や私たちのようなコメディカル分野も参加し様々な領域が力を合わせて研究が進んでいます。

ここでは、筋線維痛症学会が2011年に発行した最新ガイドラインに基づき、熟練度と経験値頼りの手技療法家が最も苦手とする客観的診断法を参加者とともに学びたいと思います。

お申し込み/お問い合わせ 0166(54)6176 日本長生医学会旭川支部長 井出洋継
posted by かず at 16:50| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年04月04日

休診のお知らせ


4月6日(金)・7日(土)は、
第83回長生医学会のため、休 診 させていただきます。

尚、4月9日(月)から平常どおり診療いたします。
ご迷惑をおかけしますが、何卒よろしくお願い申し上げます。
posted by かず at 00:26| Comment(0) | TrackBack(0) | お知らせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月31日

阿頼耶識133 〜裏のない輪〜



仏陀の宇宙観を考察する難解な書物は多々ありますが、メビウスの輪はそれをあっけないほど簡単に体感することが出来るアイテムかもしれません。T先生の目から鱗の宇宙観です。

人は自分の内側にないものを外側に見ることが出来ない。
ゆえに人に神を見ることは、自らの神性を相手に映し出して観ているといえる。

外に神が見れないとするなら、それは自らの消えてゆく姿として、守護の神霊と一体化して、さらに祈りの響きの中に入りつづけていさえすれば、遅かれ早かれ、すべてに神を認めることが出来るようになる。

ここでも大切なことは意識の用い方だろう。
謙虚さと素直さをもって、すべての人の奥に神を見ていたいと想う。

ただ単に、顔見知りのお知り合いをどれだけ増やしたところで、それは自分が変わるきっかけにはなり得ないけれど、人との出会いと交流の中に、魂の深い領域で共鳴する響き合いがあれば、それは確実に自分を変えるスイッチ(きっかけ)になる。

真理を真摯に求める気持ちがさらに真剣で、他人の中に嘘偽りなく神を認めているならば、真理を求める者同志の出会いと交流は、時に神性開眼の起爆剤にさえなる。

(一気にスイッチが入って、瞬間に意識が上昇するミラクル、奇跡を体験する)

人と人との交流における、これまでの人心の動きには、エゴが自らの神性開現にブレーキをかけ、エゴが他の人の神性を見たくないと抵抗し、自分を上に置いて他人を排他するというような、虚栄心、権勢欲があった。

その逆に、自分を必要以上に低く見て、卑下する想いの繭(まゆ)に入り込み、卑屈にねじれた意識をもって人と接していた側面もあった。
心の埃を祓った神性と神性が響き合う交流をする時、私たちの誰もが心の深いところで気がつくことがある。

本来、自分も他人もなかったのだと。
すべての人が神の分かれだったのだと。
内は外であり、外は内であったのだと。
過去も現在も未来も、すべてが今ここにあったのだと。
人の心の表も裏も、元は別々に存在しているものではなく、表裏一体だった。
他人と現われているいのちも、自分と現われているいのちも、別々の固体の現われではなく、一つの大生命の多元的現われだった。
私たちの存在は、実は表裏一体のメビウスの輪だった。

私はメビウスの輪を実際に紙でつくって、表も裏もない状態がどういう状態なのかを目で確かめた。

紙を一ひねりしてメビウスの輪をつくり、ペンで線を引いてゆくと、あら不思議、線を引き始めた最初の地点へと、引いた線が帰って来た。

自他一体の宇宙の真理は、これだと想った。
表は裏であり、裏は表だった。

人間生命の存在も、自分と他人というように、分離したものではなかった。
自分は自分、人は人というような二極概念の意識を抱えた交流は、紙でつくった単なる輪のように、表は表、裏は裏で、どこまでいっても表と裏がつながることはない。

しかし、意識を全体に置き、自他一体のメビウスの輪のような心を持って、すべてを見つめ、人とも交流をするならば、他人は自分であり、自分は他人であることが如実に実感出来る。

それは如来印の真義なのだとも想った。
メビウスの輪をねじると、無限の意を表わすマーク∞が出来る。
それは如来印の形でもある。
如来印は大調和を顕現する印であり、無限のマーク∞とも意味が通ずる。

それをより立体的に表現した、今のところ一番多次元に近い表現がメビウスの輪なの
だ。

すべてが渾然一体となって、表もなく裏もない意識のあり方を、メビウスの輪に倣いたいと想う。

おもてを見せ裏をみせ散る紅葉かな(良寛さんは流石ですね!)
posted by かず at 17:34| Comment(0) | TrackBack(0) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月24日

阿頼耶識132 〜メビウスの輪〜



内心恐れていたのですが・・・阿頼耶識131を読んだ友人から、知里幸恵さんの遺した詩『銀のしずく』にある「メビウスの輪」について突っ込みが入りました。

メビウスの輪とは、1本の紙テープを180度ひっくり返し、両端を糊でとめた輪です。
このひねって裏返しにした輪の中央にペンで線を引いていくと、表面に引いていた線がいつにまにか裏面にきてしまい、さらに線を引き続けると表面に戻ってきます。つまり一筆書きで裏と表の両面に線が引けるのです。

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またこの線に添ってハサミを入れると、輪は2つに分割されると思いきや、大きな1つの輪になるのです。

幼稚園児でも作れる簡単な工作ですが・・・実際に試してみると50歳を過ぎたオヤジも「おお・・・」と驚きます。

しかし彼の興味は輪の作り方ではなく、メビウスの輪がなぜ仏教真理やアイヌ信仰と結びつくかということだと思います。

・・・なかなか厳しいところを突きます(^^;)
私に彼の課題を的確に説明する力量がないことを知っての意地悪でしょう。
さすがに昔から性格が悪いだけのことはあります。

しかし運の良いことに、CDをいただいたT先生から、メビウスの輪と普遍的真理についての奥深い解説をいただいておりました(^0^;)

ここは、私が御託を並べるより、T先生の解説に丸投げさせていただこうと思います。

しかし私も彼に負けず劣らず性格が悪いので、彼に少しだけ意地悪の仕返しをするため、メビウスの輪本編は来週までお預けとさせていただきます。

や〜〜い!や〜〜〜〜い!!お尻ぺん!ぺん!

・・・・・良く考えてみると、彼の突っ込みメールは意地悪ではなく、本当にメビウスの輪に関心があったのかもしれません。しかしこの質問は私にとっては都合の悪い突っ込みだったので、私は彼の真意を確かめず勝手に悪意と解釈しました。私に都合の良い質問なら「さすがに頭の良い男だ」などと思ったことでしょう。

こうした、他者への一方的な思い込みと、思い込みから生じた行動が、最終的には他者だけでなく自分までをも苦しめることになるのは、頭では理解しているつもりなのですが・・・・それでも  や〜〜い!や〜〜〜〜い!!お尻ぺん!ぺん!がやめられません(^^;)
posted by かず at 20:00| Comment(0) | TrackBack(1) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月13日

阿頼耶識131〜銀のしずく後編〜



アルバムタイトルにもなっている「銀のしずく」という楽曲は、アイヌ神話を遺し19歳で亡くなったアイヌの少女 知里幸恵さんの作品です。

銀のしずく ふるふるまわりに
金のしずく ふるふるまわりに

ふるふる銀のしずくのまわりに
ふるふる金のしずくのまわりに

金と銀とは 銀と金とは
メビウスの輪になって 果てしなく

銀のしずく ふるふるまわりに
金のしずく ふるふるまわりに

アイヌ民族のシンプルなアミニズムが、難解な仏教哲学の世界と見事にアナロジーを形成しているではありませんか♪

「聖フランシスの祈り」や、イギリスの古典「アメイジング・グレース」、バッハの「アヴェ・マリア」、ゴスペルソングの「アイ・ビリーブ」映画の「ブラザー・サン・シスター・ムーン」といった宗教性の濃い音楽に混じり、「赤い花・白い花」「月の砂漠」といったフォークソングや童謡にも、木村弓という高い精神性を持ったアーティストの祈りがこめられているのが分ります。

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選曲には、聞く側への受けを狙うのではなく、アーティストとして詩への高い理解と本質的なものへのこだわりがあるように感じられます。これはある意味、地域や時代を超越したメタ宗教とも言うべきアルバムかもしれません。

こうした作品は、理性や意識から出るのではなく、意識下の世界から出てくるに違いありません。だからK先生は、運命のようにこのアルバムに出会い、頭で感動したのではなく、細胞が震えるほど魂に響いたのだと思いました。
posted by かず at 23:18| Comment(0) | TrackBack(0) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年03月09日

阿頼耶識130 〜銀のしずく前編〜



敬愛するT先生からCDが送られてきました。

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木村弓さんの「銀のしずく」というアルバムと共に「10年ぶりに聞いたこのCDは、魂に響き渡る意味深いものに感じられました」というメッセージをいただきました。

私が彼女の歌声を初めて聞いたのは、ジプリの「千と千尋の神隠し」でした。
映画の主題歌「いつも何度でも」を一度聞けば、ソプラノ系の声楽家であることは察しがつきます。しかし彼女のあえて装飾を削いだかのようなナチュラルヴォイスと、口ずさむように歌いながらも深みのある歌詞に、クラシックのジャンルを越えた何かがあるように感じていました。

全ての経験は己のエゴを浄化してくれる尊い出来事だったと気づかせてくれたと言うT先生の感想に興味を引かれ、早速CDを再生してみました。

「ババ〜〜ナム・ババ〜〜ナム・ケ〜イバラ〜ム♪」「ババ〜〜ナム・ババ〜〜ナム・ケ〜イバ〜ラ〜ム♪」

ライアと呼ばれる楽器の柔らかい調べに乗せて、雲ひとつない青空のような歌声が広がり、心の中にも染み渡るようです・・・・それにしても、一体どこの国の言葉なのでしょう?
曲目リストを開くと、作詞作曲不詳・・・2曲目のCome hoiy spiritも作者不詳・・

しかし楽曲が進むうちに「千と千尋の神隠し」で感じた「何か」と、T先生の言葉の意味が見えてきました。

続く
posted by かず at 20:35| Comment(0) | TrackBack(0) | かく語れり(仏教概論) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする